ニュートリノ研究

武長 祐美子氏

ニュートリノ観測実験装置「スーパーカミオカンデ」で知られる東京大学 宇宙線研究所附属 神岡宇宙素粒子研究施設では、ニュートリノ研究にSINTE3を活用しています。
最先端物理学研究におけるネットワークの重要性について、同研究所の竹内 康雄准教授と広報担当の武長 祐美子特任研究員にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2008年6月23日,更新:2010年1月18日)

小柴昌俊先生のノーベル賞受賞で、一般にも広く知られるようになったニュートリノ研究ですが、あらためて神岡宇宙素粒子研究施設の概要と研究目的について教えて頂けますか。

武長氏: 当施設は全国共同利用の研究施設で、地下1000mの坑内に国内最大、かつ世界有数の精密物理実験サイトを有しています。主な研究対象は、ニュートリノ観測や陽子崩壊探索を通じて、物質に働く力や宇宙の成り立ちについて解明することです。
また、坑内は精密観測が可能な環境であるため、地球物理学に関する研究や、重力波検出のための研究開発なども行われています。
当施設のニュートリノ観測実験装置「スーパーカミオカンデ」は1996年4月より研究を開始し、ニュートリノ質量の発見(1998年)、太陽ニュートリノ振動の発見(2001年)など、様々な成果を挙げています。
また、2009年には、茨城県・東海村のJ-PARCからスーパーカミオカンデへニュートリノビームを打ち込む「T2K実験」が開始されました。
2010年からは、宇宙暗黒物質の探索などを目的とする低バックグラウンド検出器「XMASS」の観測も開始する予定です。

SINETはどのような形で利用されているのでしょうか。

竹内 康雄氏

竹内氏: 当施設内では、スーパーカミオカンデ実験を行うグループ以外にも、様々な大学の研究グループが設備や装置を置いて活動を行っています。SINETは、これらの各実験グループや研究機関の重要なネットワークインフラとして活用されています。
たとえば我々の場合は、東京大学・柏キャンパスに宇宙線研究所の本部がありますので、SINET3のL3-VPNサービスを利用して柏・神岡間を結ぶVPNを構築しています。
ちなみにこのVPNは、宇宙線研究所の関係者だけでなく、国内外の共同研究所が当施設の観測データにアクセスする際にも利用されています。また、電子メールやWeb、IP-テレビ会議などといった、研究・観測目的以外の一般的な用途にもSINETが使われています。

現在までのネットワーク環境の変遷や、SINETを導入するに至った経緯について教えて頂けますか。

竹内氏: かつては神岡と宇宙線研究所本部の間を独自回線でつないでいたのですが、その頃は通信速度や安定性の確保が悩みのタネでした。2400bpsのアナログモデムにはじまり、ISDN 64Kbps~128Kbps、ATM 2Mbpsと、その時々に利用できる高速なネットワークサービスを導入しては、改善を図ってきたのです。それでもデータが大容量すぎてネットワークでは送りきれず、テープを宅配便で送ったこともありました。
その後は、岐阜県・土岐市の自然科学研究機構核融合研究所までスーパーSINETが来ていたため、ここに接続させてもらうことで100Mbpsに。
さらに、2006年からSINETのノードを設置して頂き、現在の1Gbpsへと増強されました。ノード設置に際しては、高エネルギー物理ネットワーク(HEPnet-J)関係者の方々の多大なご協力を頂いたことを感謝しています。

通信環境の改善を続けられてきたのは、やはりネットワークの高速化が研究にもたらす影響が大きいからなのでしょうか。

竹内氏: その通りです。たとえば、昔はここ(神岡施設)まで来ないと、解析がやりにくいという問題がありました。解析結果をグラフで比較するにも、リモートからだとコマンドを実行してから10秒も待ったりする。これではとても効率的な研究は望めません。
とはいえ、現役の学生は授業にも出ないといけないので、神岡にずっと詰めているわけにもいきません。その点、ネットワークが速くなれば、リモートからでも充分に解析が行えます。
また、このことは、国内外の研究機関からアクセスしてくる研究者にとっても、大きなメリットになります。

武長氏: 私も学生時代は柏にいたのですが、その頃と較べても現在は随分環境が良くなりましたね。さすがに私の頃は10秒は待ちませんでしたが(笑)、それでもある程度のタイムラグがありました。
それが現在では、柏にいてもほぼ神岡と同じスピードで、レスポンスが帰ってきます。かなり快適になりましたので、こうした環境を利用して、神岡の実験に参加する学生がもっと増えればいいなと思っています。

解析作業がやりやすくなったというのは大きな利点ですね。

竹内氏: それ以外に、IPテレビ会議が快適に行えるようになった点も大きいですね。場所が離れていることもあって、神岡ではIPテレビ会議による研究打ち合わせも頻繁に行っています。本研究施設関係者だけでも、平均して一日2、3回は行っています。
会議の相手は国内だけでなく、米国や欧州の研究者であることも多いですよ。国際共同研究ですから、世界中の研究者と顔を合わせて話ができるのは非常に重要なことなのです。
最新の情報を直接交換し合うことができますし、お互いに相手のやっていることを理解しながら議論もできます。日・米・欧の研究者が、こうして一緒に研究を進めていけるのは素晴らしいことですね。

SINETのサービスについての評価はいかがですか。

竹内氏: 速度・安定性については非常に満足しています。特に、スーパーカミオカンデは24時間・365日ノンストップでニュートリノ観測を続けていますので、ダウンタイムがほとんどないということが非常に重要です。もしネットワークがダウンしたら、外部からまったく装置の状況が分からなくなってしまいますからね。その点、SINETについては、導入以来こうしたトラブルがありません。

最後に今後の研究についてお聞かせ頂けますか。

竹内氏: 2010年は、先にご紹介したT2K実験(*)やXMASS実験(*)も控えています。今後も宇宙・素粒子分野の研究で、世界をリードしていきたいですね。
特にT2K実験では、SINET3のサービスを利用して、東海村・神岡間を結ぶL2-VPNを新たに構築します。これは、ニュートリノビームを発射した際の正確な時刻をGPSから取得し、そのデータをL2-VPNで神岡までリアルタイム転送するためです。こうすることで、より精度の高い観測データを得ることができます。

このように、現在の研究活動においては、ネットワークが必要不可欠な存在になっていますので、SINETには今後も高速性・信頼性・安定性に優れたネットワーク環境を提供してもらえればと思います。
(*2010年度より両実験は開始され、現在も実験中)

ありがとうございました。