スマート農業実現のための、SINET6のネットワーク環境を用いたデータ共有・連携

桂樹 哲雄氏

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下 農研機構)は全国に研究拠点を設置し、スマート農業の実現や食料自給率の向上などを目指しています。SINETのネットワーク環境を活用したデータ共有・連携における狙いと成果について、農業情報研究センターの江口非常勤顧問、桂樹上級研究員、デジタル戦略部の井上情報化推進マネージャーにお話を伺いました。(インタビュー実施:2023年11月7日)

農研機構の研究開発における役割と注力分野について教えてください。

桂樹氏:農研機構は130年の歴史を持つ我が国最大の農業研究機関です。全国に13の研究センターと7の研究部門を展開し、約3,200人の研究者や職員が働いています。農業と食品産業の発展のため、基礎から応用まで幅広い分野で様々な研究開発を行っています。ネットワーク・情報基盤という観点で見ると、スパコンやクラウドなどの計算資源、センサーネットワークなどの研究基盤を整備しています。農研機構内の各研究拠点をネットワークでつなぎ、データを集積・連携することで、全国規模の研究を推進しています。今後さらに研究基盤を強化し、スマート農業の実現や農業分野での国際競争力強化を目指しており、最近ではデータ駆動型農業の研究に力を入れています。

データ駆動型農業とはどういった活動でしょうか。そのうえで農業情報研究センターの役割について教えてください。

スマート農業の全体像(農業情報研究センター提供の図より作成)

桂樹氏:データ駆動型農業とは、気象や、土壌、品種特性、収量、市況といった様々なデータに基づいて培技術や作業効率、経営の最適化を図る取り組みです。農業の現場では、生産者の経験や勘に基づく部分が多くありました。例えば「今年は例年よりも暖かいから小麦の種まきを遅らせよう」、といった形ですが、このように勘に頼るだけでは揺らぎもありますし、新規就農者がなかなか習得できないという課題がありました。この勘に頼っていた部分を、収集・蓄積されたビッグデータに基づいて意思決定するのがデータ駆動型農業です。 農業情報研究センターは、データとAI(人工知能)を活用したデータ駆動型農業を実現すべく2018年に開設されました。当センターが設置されている基盤技術研究本部には、他に農業ロボティクス研究センター、遺伝資源研究センター、高度分析研究センターが設置されています。当センターでは、AI研究用スパコン「紫峰」および農研機構統合データベース「NARO Linked DB」などの研究基盤を活用し、農業に関する大規模データの集積とAI解析を推進しています。例えば、それぞれの農場で個別に計測したデータを収集してデータベースに統合するとともに、そのデータをスパコンから直接読み出して解析することでAIモデルを構築するといったことが可能となっています。さらに、ここで得られたデータやモデルを農業データ連携基盤「WAGRI」を通じて産業界に供することで農業現場に還元していくことも狙いの一つです。

データを収集・連携するにあたってネットワーク環境も重要だと思いますが、どういった課題があったのでしょうか。

井上 優氏

井上氏:農研機構には北海道から九州沖縄まで研究拠点や試験場、種苗農場が55拠点あります。主要拠点はMAFFIN(農林水産省研究ネットワーク)で繋がっていますが、多数の小規模拠点においても先にお伝えしたようなデータ連携やスパコン接続を行うための経済的かつ安定的なネットワークが必要でした。当初はNTT東西が提供するNGN網によるフレッツ光回線を通じて全国を繋ごうとしましたが、東日本・西日本で別ネットワークであったり、都道府県境を跨ぐと通信速度が出なかったりという問題がありました。また、農業関係の拠点は郊外にあるため、思うように通信速度がでない、落雷で停電してしまうなどの課題もありました。

なるほど。そこで目をつけられたのがSINETだったのですね。

井上氏:はい、SINETは全国都道府県にノードが必ず1つはあるので都道府県単位で各拠点を接続することが可能で、また、インターネットアクセスだけでなく、研究プロジェクト内のクローズドなネットワークを作っていきたいとなった際に、SINETがL2VPNサービスの活用を進めました。複数の実験用ネットワークに対して、複数のVLANを用いることで、1本のフレッツ光回線の中に目的にあわせた複数の独立した仮想ネットワークを構築できる点が魅力的でした。 これにより、専用線接続では高額になってしまい接続できなかった拠点も、フレッツ光回線とSINETを利用することで低コストで全国統一して繋げることができました。

フレッツ光回線を使った接続構成(農業情報研究センター提供の図より作成)

具体的な接続構成についてもお伺いさせてください。

井上氏:主要な研究拠点の接続を10G化し、データ連携やスパコン利用に活用しています。しかし、小規模な拠点とSINETを専用線を用いて接続するとコスト感で課題がありました。そこで、専用線の代わりにフレッツ光回線を利用して繋げました。拠点側とSINET側との両端にL2VPN(Ether over IP)に対応した機器とVRF-Liteに対応した機器とを設置を接続しVLAN (IEEE802.1q)とVRF-Liteを組み合わせることで、拠点間で複数のVPNをフレッツ網内を通して接続することができました。このようにフレッツ光回線とSINETを組み合わせることで、低コストと安定して高い通信速度を両立し、かつ拠点間で自由に複数のVPNを設定できる環境を実現することができました。

SINET仮想大学LANを利用した主要な研究拠点の接続構成(農業情報研究センター提供の図より作成)

桂樹氏:また、農研機構統合データベース「NARO Linked DB」は、「農研機構プライベートクラウド」とオラクルの「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」、2つのクラウド上に展開されています。外部から「農研機構プライベートクラウド」にアクセスを受ける際は、SINETのクラウド接続サービスを利用しています。具体的には、外部からのアクセスをOCIだけで受けて、OCI上で認証等を実施し、SINETのL2VPN経由で農研機構プライベートクラウドを利用してもらうようにしています。これにより、安全性の向上が実現するとともに、新たな専用回線の調達が不要となり、ネットワーク費用等を抑えることができました。

農研機構統合DBの概念図(農業情報研究センター提供の図より作成)

BCPに備えたネットワークの構築もされていると伺いました。

江口 尚氏

江口氏:二つの柱で進めています。一つは札幌地区の商用DCにBCP拠点を構築しています。本部(つくば)に障害が起きた場合でも、札幌のデータセンタで復旧ができるということを目指しています。今はMAFFIN経由のインターネット接続ですが、今後はSINETの仮想大学LANを活用したL3接続も将来的に検討しています。 もう一つは拠点のネットワークの冗長化です。平常時は通信をMAFFINとSINETで分散させることでさらなる帯域の確保を実現することや、災害・障害に強いネットワークの構築を目指しています。

SINET仮想大学LANを活用したBCP拠点の構築(左図)とMAFFINとSINETの両接続によるネットワークの冗長化(右図)(農業情報研究センター提供の図より作成)

今後の期待についても伺えますか。

桂樹氏:データ駆動型農業についての取り組みは、まだ始まった段階です。各拠点の研究データが一か所に集まる基盤ができたことで、ようやくデータを共有できるようになってきました。集まったデータを活用し、育種技術や栽培技術が発展していくことを期待しています。 農研機構はSINETと接続することで、安定したネットワーク環境を確保しています。SINETの機能を最大限活用することで、拠点間通信の改善を図っています。今後もSINETとの連携を深め、研究基盤の強化に取り組んでいきます。

ありがとうございました。

スーパーコンピュータ「紫峰」と