「ひので」が観測した黒点周囲のダイナミックな噴出現象

太陽観測衛星「ひので」による太陽研究

田村 隆幸氏
田村 隆幸氏

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部では、宇宙科学に関わる幅広い分野の活動を行っています。
今回は太陽観測衛星「ひので」による太陽研究とSINETの関わりについて、同研究本部 宇宙科学情報解析研究系助教 田村 隆幸氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2008年7月3日)
※2010年4月、宇宙科学研究本部から、宇宙科学研究所へと名称および組織の変更が行われました。

宇宙科学研究本部では、どのような活動を行われているのでしょう。

田村氏: 宇宙科学研究本部は、「宇宙科学」、つまり宇宙空間に出て行う科学研究を通じて、日本の宇宙開発の発展に貢献することを目的としています。活動内容も多岐にわたっており、「科学衛星」「ロケット」「大気球」「宇宙理学」「宇宙工学」「宇宙環境利用科学」など、様々な分野の研究を行っています。
たとえば、私の専門はX線天文学で、最初に挙げた科学衛星の分野に属しています。現在当研究所では8つの科学衛星を運用していますが、この中のX線天文衛星「すざく」を使って、銀河やブラックホールなど様々な天体を観測・研究しています。

肉眼で見える現象を観測するだけでなく、X線による観測も行われているんですね。

田村氏: X線観測を行うことで、可視光だけでは分からない様々な事象が研究できるのです。たとえば、太陽で言えば、コロナやフレアなどを見ることができます。
また、このほかにも、銀河団の周囲に存在する「銀河団ガス」の観測データをスペクトル分析することで、その中にどのような元素が含まれているのか、どれくらいの割合で存在するのかといったことが分かります。こうした分析を行うことで、銀河の成り立ちを研究したりできるわけです。

なるほど。いろいろな手段を使って観測することが大事なのですね。
SINETは「ひので」の研究に活用されているそうですが、この衛星はどのような衛星なのですか。

田村氏: 「ひので」は、太陽の研究を行うための太陽観測衛星で、1991年に打ち上げられた「ようこう」の後継衛星になります。日本では、当研究本部と国立天文台の「ひので科学センター」が共同で観測を行っています。
また、観測装置の開発にあたっては米国NASA(アメリカ国立航空宇宙局)や、英国PPARC(素粒子物理学 天文学研究協議会)との国際協力も行われました。
「ひので」の研究目的は、「高温コロナの形成」「太陽磁場・コロナ活動の起源」「天体プラズマの素過程」の3点を解明することにあります。この目的を達成するために、可視光磁場望遠鏡、X線望遠鏡、極紫外撮像分光装置などの観測装置を搭載しています。
ちなみに、この可視光磁場望遠鏡は世界でもトップクラスの空間分解能を備えており、0.2秒角で観測を行うことができます。天文学に詳しくない方にはちょっとピンと来ないかも知れませんが、「高度500kmの衛星軌道から地球を見たとすると、50cmのものが見分けられる」と言えば、その性能の凄さがお分かり頂けるのではないでしょうか。

今後の太陽天文学の発展に貢献する衛星というわけですね。
SINETはどのような形で利用されているのですか。

田村氏: ひので科学センターでは、当研究本部でフォーマット変換などの処理を行ったデータを利用して、解析業務やムービー、物理量マップなどの作成を行います。これらのデータは容量が非常に大きいため、単純にコピーしたのでは同期作業などが大変になります。
そこでデータコピーを行うのではなく、SINET3のL1品質保証パスを利用して宇宙研究本部・ひので科学センター間に1Gbpsの専用線を敷設し、両機関でNFSによるファイル共有を行っています。このシステムは、ひので科学センターの業務を支える重要なコアシステムになっているとのことです。

どれくらいの容量のデータを取り扱うのですか。

田村氏: 「ひので」のデータは現時点で約15TB程度です。宇宙研究本部の他の衛星のデータはだいたい数TB程度ですから、それと比較しても格段に大きいですね。しかも、データ量はこの15TBで終わりではなく、「ひので」の観測が続く限り、これからもどんどん増えていきます。
こうした大容量データを活用した研究を行う上では、ファイル共有システムと高速なネットワークが欠かせません。もし現在のような仕組みがなかったら、ユーザーは自分が研究に使用したいデータを一つずつ探し出し、ftpなどを使って手元にダウンロードする必要があります。これでは手間が掛かって仕方ありません。

SINETとNFSによるファイル共有システムが、研究を効率よく進めていくためのツールとして役立っているわけですね。
具体的なメリットとして感じられる点などはありますか。

田村氏: ひので科学センターに伺ったところ、「打ち上げ当初に、国立天文台に巨大なデータストレージを構築する必要がなくなっため、その分のリソースを解析システムに投入できた。また、遅いインターネット経由によるデータ転送も行う必要がなくなったため、ひので衛星の初期成果が増大した」とのことでした。
SINETのL1品質保証パスについても「専用線のため、他のトラフィックを気にすることなく、大量データ転送が行えるので非常に便利」とのことです。
一般に公開天文台などでは、観測を担当した研究者が優先的にデータを利用し、一定期間を経た後に公開することが多いのですが、「ひので」については観測データを即時公開するオープンな枠組みを採用しています。多くの研究者が新しいデータを待ち望んでいますので、それに応える上でもネットワークの高速さが重要と言えます。

その他に、何かSINETが役立っている点はありますか。

田村氏: ここ数年、テレビ会議を頻繁に行うようになったのですが、こうしたコミュニケーションの活性化という点でも役立っていますね。
私の専門であるX線の分野でも、以前は全国の研究者がここ(宇宙科学研究本部)に集まって会議をしていましたが、最近はテレビ会議でカバーできる部分も多くなっています。また、遠方の研究機関から来られていた方々にとっては、移動のために費やす時間やコストが減らせると言う点でも、メリットが大きいのではないでしょうか。

最後に今後の展開について伺えますか。

田村氏: 「ひので」については、現在データを宇宙科学研究本部だけに蓄積していますので、SINETを利用して国立天文台へのデータコピーを行う計画を進めています。これにより、国立天文台内でのデータ活用が促進できるだけでなく、万一自然災害や障害などが発生した際のバックアップとしても機能させることができます。
また将来的には、宇宙科学研究本部・国立天文台間だけでなく、国内の様々な大学や研究機関とも、ファイル共有が行えるようになればいいですね。私個人としても、様々な衛星の観測データを利用して、新しい発見につながるような研究を進めていければと思っています。
こうした取り組みを進めていく上では、SINETからのサポートも重要ですので、今後も様々な側面から支援してもらえればと思います。

ありがとうございました。