小惑星探査機「はやぶさ2」

山田 隆弘氏
山田 隆弘氏

国立研究開発法人 宇宙航空開発研究機構 宇宙科学研究所では、宇宙科学や宇宙開発利用に関する様々な先端研究を行っています。今回はその中から、小惑星探査機「はやぶさ2」とSINETの関わりについて、同研究所 宇宙機応用工学研究系 教授 山田 隆弘氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施日:2017年1月20日)

宇宙科学研究所では様々な研究組織が活動されていますが、宇宙機応用工学研究系ではどのような分野を手がけられているのですか。

山田氏: 科学衛星や探査機を利用する研究には、大きく分けて惑星などを観測する仕事と、人工衛星などを作る仕事の2つがあります。我々の専門はこの後者であり、観測を専門にする研究者がやりたいことを、技術的に可能にするための研究を行っています。ちなみに工学系の研究組織としては、他にも宇宙飛翔工学研究系があり、こちらは人工衛星などを飛ばすための研究を主に行っています。たとえば、人工衛星が目的の星までどう飛んでいくかを考えるのは宇宙飛翔工学研究系の仕事であり、そのために機体の姿勢を変えるにはどうすればいいかを考えるのは我々の仕事という感じですね。もっとも、実際の研究では、それほど厳密に担当分野が分かれているわけではなく、各領域の研究者が集まってプロジェクトチームを組みます。私もほとんどのチームに参加し、データ通信やデータ処理などを担当しています。

そうしたプロジェクトの一つが、社会的にも大きな話題を呼んだ「はやぶさ」の後継機、「はやぶさ2」というわけですね。

山田氏: その通りです。はやぶさでは小惑星「イトカワ」の探査を行いましたが、はやぶさ2では「リュウグウ」という小惑星の探査を行います。このリュウグウは前回のイトカワと異なり、水や有機物を多く含む「C型」と呼ばれる小惑星です。このため、惑星や生命の誕生に関わる多くの新発見が期待されています。

現在は地球軌道からリュウグウ軌道を目指して順調に飛行を続けており、2018年7月頃の到着を予定しています。到着後はカメラや分光計などの機器による撮影や観測、小型ローバ/着陸機による直接観測、小惑星表面へのタッチダウンなど、はやぶさと同様のミッションを実施。加えて今回は、2kgほどの銅の塊をリュウグウ表面に打ち込み、人工クレーターの作成も試みます。さらには、この人工クレーター付近にタッチダウンして地下物質をサンプリングし、2020年末頃に地球へと帰還する予定です。
 このように新しい挑戦もいろいろと行われるはやぶさ2ですが、基本的にははやぶさで培った技術がベースとなっており、そこにいくつかの改良を加えて設計されています。

その中でSINETはどのように活用されているのでしょうか。

山田氏: 人工衛星や探査機を運用する際には、巨大なパラボラアンテナを使って地上との交信を行います。はやぶさ/はやぶさ2では、長野県・臼田の64mアンテナ、鹿児島県・内之浦の34mアンテナなどが用いられています。ただし、地球は自転していますので、1つの地上局が交信できる時間は1日1回・8時間程度しかありません。24時間運用を行うとなると、経度の異なる3つの地上局が必要になるのです。そこで、はやぶさ2では、欧州宇宙機関(ESA)が所有するオーストラリア、スペイン、アルゼンチンのアンテナを借りています。このように世界中のアンテナを利用することで、24時間交信を続けられるというわけです。

もっとも、このように世界中の地上局を利用するとなると、ここ(JAXA相模原キャンパス)と各地の地上局とを結ぶ通信手段も必要になります。そのインフラとして、はやぶさ2ではSINETを利用しているのです。具体的にはSINETと欧州の学術ネットワーク「GEANT」を経由し、ドイツにある欧州宇宙センター(ESOC)と通信を行っています。

SINETを通信手段として利用することになった経緯を教えて頂けますか。

山田氏: この分野ではネットワークの信頼性が強く求められるため、これまでは伝統的に専用線を利用してきました。当研究所でも、臼田/内之浦アンテナとの通信に専用線を使っています。しかし、近年ESAでは、コスト削減などを目的として、人工衛星や探査機の運用にも学術ネットワークを利用する取り組みを進めています。そこで今回から、我々もSINETを使ってみることにしたのです。観測データの送受信などだけでなく、探査機そのものの運用にもSINETを用いるのは今回が初の試みです。

具体的には、どのようなデータが、はやぶさ2との間でやりとりされるのですか。

山田氏: まず地上側から送るデータは、大きく分けて2つあります。一つは探査機に指令を行うためのコマンドですね。「この機器の電源オン/オフを行え」、「カメラのシャッターを切れ」、「何時何分にこの手続きを実行しろ」といった具合です。もう一つは様々な処理を行う際のパラメータで、カメラで言えば絞りやシャッタースピードなどにあたります。また、はやぶさ2側からは、画像をはじめとする各種観測データの他、搭載されている機器のステータス情報などが定期的に送信されてきます。こうしたデータ通信の仕組みは、インターネットと似たような形になっており、パケット単位に分けて送受信や優先度制御を行うと共に、データの内容に応じてそれぞれのサブシステムに送られるようになっています。

実際にSINETを宇宙探査機の運用に利用してみた感想はいかがでしょう。

山田氏: 全く問題は感じていませんね。先に信頼性の高さが求められると述べましたが、ネットワークの品質はもちろんのこと、メンテナンス情報の提供やサポートなどの面でも、十分満足のいく対応を行ってもらえています。元々はやぶさ2では、宇宙との遠距離通信を行う関係上、無線部分は32kbps程度の帯域しか使わないのですが、それでも遅延などは少ないに越したことはありません。将来的には、現在専用線を利用している臼田/内之浦との通信回線を、SINETに置き換えるといったことも十分に考えられます。

その他の探査機等でもSINETが利用される予定はあるのですか。

山田氏: 2017年の打ち上げを目標としている水星探査計画「BepiColombo」(ベピコロンボ)でも、水星磁気探査機(MMO)との通信にSINETを用いる予定です。この計画では、日本と欧州がそれぞれ別々の探査機を送って観測を行うため、日本と欧州のアンテナを双方で使うことになります。欧州側では通信回線の冗長化を行うのが一般的なので、こちらでも現在SINETの二重化試験を行っているところです。このように、今後は宇宙分野でも学術ネットワークを活用するケースが増えてくるでしょうから、SINETの発展にも大いに期待しています。