iSCSI Multiple Connection Functionality

SINET3のL1オンデマンドサービスを利用して実施したiSCSI-APTの性能評価

大崎 博之氏
大崎 博之氏

大阪大学 大学院 情報科学研究科 情報ネットワーク学専攻 情報流通プラットフォーム講座では、ネットワークを利用した大量データ伝送の研究を行っています。
今回はSINET3のL1オンデマンドサービスを利用して実施したiSCSI-APTの性能評価について、話を伺いました。

まず、情報流通プラットフォーム講座の研究テーマについて教えて頂けますか。

大崎氏: 当講座では、大きく分けて二つの分野の研究に取り組んでいます。まず一点目は、大量の情報をいかに速く、正確に送り届けるかということ。そして二点目は、様々な情報を、いかに人間が受け取りやすく、活用しやすい形で流通させるかということです。
OSI参照モデルで言えば、前者はネットワーク層やトランスポート層など比較的下位のレイヤー、後者はそれより上のレイヤーにあたりますね。
私自身は、ネットワーク制御の研究に長年携わっており、現在は利用者を中心としたネットワーク環境の研究に力を入れています。情報の受け手・送り手の関係性に応じて、柔軟に変わっていくようなネットワークが実現できれば、これからの情報社会にも大きな効果が期待できると考えています。
講座の特徴という意味では、学生の自主性を重んじている点も大きいですね。未来のネットワークを研究する以上、やはり若い人の自由な発想を大切にしたい。実際に学生と話していても、考え方の違いに驚かされる場面が少なくありません。かなり独創的というか、突飛に思われるような研究もやっていますが(笑)、そうした発想から新しいネットワークが生まれてくると思っています。

今回はSINET3のL1オンデマンドサービスを用いてiSCSI-APTの性能評価を実施されたわけですが、その背景について伺えますか。

大崎氏: 大量データの高速伝送については、光ファイバやWDMなど下位層の研究が盛んに行われています。しかし、実際に遠隔地の拠点間を結んでデータ伝送を行うと、あまり性能が出ないという問題も知られています。
その一方、最近では災害対策のためにディザスタリカバリ・システムを構築する企業が増えるなど、大量データを効率的に伝送する技術が強く求められています。
そこで今回はストレージのネットワークに着目し、大量データの高速伝送に取り組んだのです。そのベースとしてiSCSIを選んだのは、SCSIのコマンドをIPパケットに載せて送るだけの非常にシンプルなプロトコルであり、OSのサポートや対応製品の普及も進んでいるという理由からです。

iSCSI-APTの動作概念と特徴について教えて頂けますか。

大崎氏: 複数のTCPコネクションを張って並列データ伝送を行うというのが基本ですが、実際にはそれだけではうまく機能しません。コネクションの多重度をあまり上げすぎると、あるポイントから却ってスループットが下がってしまうのです。いわば、高速道路にトラックが大量に流入しすぎて、渋滞が起きてしまうようなものですね。
そこでiSCSI-APTでは、コネクションの多重度を段階的に上げると同時にスループットを監視し、最適な多重度になるように調整を行います。先の例で言えば、渋滞が発生する前に高速道路への流入を制限し、トラックが効率的に走れるようにするわけです。

iSCSI-APTの特徴としては、次の3点挙げられます。
まず1点目は、TCPのスループットが凸関数であることのみを利用しているという点です。その他の要素、たとえばネットワーク構成や下位層のプロトコルには一切依存しません。このため、一般的なネットワーク環境であれば問題なく利用できます。
次に2点目は、iSCSIのイニシエータ、つまりデータを送受信するコンピュータ側だけで実装できるという点です。ターゲット側、つまりデータを格納するストレージ側の環境にはまったく手を加える必要がなく、既存のiSCSIストレージがそのまま利用できるので、実際の環境にも容易に導入できます。
3番目はどちらかというと制限事項で、あくまでも遠隔地へのバックアップなど、大容量データを一括連続送受信するような用途が対象となります。

L1オンデマンドサービスを利用された狙いはどこにあったのでしょう。

大崎氏: 広域での大容量データ伝送は、ネットワーク研究の中でも非常にホットな分野です。ただし、ここでは、様々な仮説を実証できる場がなかなか無いことが悩みのタネになっています。
このため現在は、LAN環境に遅延発生装置などを設置して、遠隔地を結ぶ環境を擬似的に再現しているケースがほとんどです。
その点、SINET3のL1オンデマンドサービスを利用すれば、エミュレータではない現実のネットワーク環境で実験が行えます。しかも、L2やL3のパスではなく、非常に高速でクリーンなL1のパスを利用できます。
通常のインターネット回線などでは、ノイジーな環境であるために、実験の精度を高めるにも限界があります。もし何かおかしな結果が出たとしても、その原因が自分たちにあるのか、それとも他にあるのか区別がつきません。
その点、L1オンデマンドサービスなら、このような問題を排除することができます。今回の実験でも、同じ条件の実験ならほとんど同じ結果が出ています。

まさに今回のような研究には最適のサービスというわけですね。

大崎氏: その通りです。また、もう一つの利点として、必要な帯域を、必要な時に確保できる点が挙げられます。
一般的な用途では、ネットワークの帯域は太ければ太い方ほど良いことと思います。しかし、我々の研究では、いろいろなケースを想定して実験シナリオを描きます。10Gbpsの場合の結果も、300Mbpsの場合の結果も、同じように重要なのですね。
その点、L1オンデマンドサービスは、150Mbps単位で帯域を確保できますから非常にありがたいです。

iSCSI-APT性能評価の内容、ならびに結果は如何でしたか。

大崎氏: 2008年の秋頃から、共同研究を行っているNTTサービスインテグレーション基盤研究所(東京都武蔵野市)と本学(大阪府吹田市)を結んで、データ転送実験を実施しています。
先ほどもお話した通り150Mbps単位で帯域を変えていろいろなパターンで評価を行いましたが、いずれの場合においてもiSCSI-APTの有効性を実証できました。
また、現在では北海道大学との実験も行っているほか、九州大学との実験も計画中です。
ちなみに、論理的にはL1パスもエミュレータ環境も等価のはずなのですが、実際やってみると動作が異なる部分もありました。現在この原因を調査中ですが、こうしたナマのネットワークでなければ分からない現象が確認できるのは興味深いですね。

最後にSINETへの期待について伺えますか。

大崎氏: SINETのネットワークは非常に高品質であるうえに、サポートも充実しています。今回の実験でも開通試験の際に障害があったのですが、NIIからの情報提供のおかげで原因を特定することができました。とても親身なサポートを受けることができ、大変感謝しています。
SINETは我々の研究に欠かせないインフラですので、今後もぜひ発展していって欲しいですね。帯域予約APIの提供や動的な帯域変更など、様々な新機能も予定されていると伺っていますので、こちらにも大いに期待しています。
今後の社会には、人の気持ちや思いを自然に伝えられるようなネットワークが必要になると考えています。我々もその実現に向けて、研究に取り組んでいきたいと思います。

ありがとうございました。