
SINET6を活用した「地球シミュレータ」による気候変動や自然災害の数値シミュレーション
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、海洋に関する基盤的研究開発や学術研究、海洋産業連携といった業務を総合的に行うことにより、海洋科学技術の水準の向上を図るとともに、学術研究の発展に資することを目的とする国立研究開発法人です。JAMSTEC情報セキュリティ・システム部情報セキュリティ統括課 直井純課長、同情報システム課 樋口涼太技術主事とJAMSTEC付加価値創生部門地球情報科学技術センター計算機システム技術運用グループ 上原均グループリーダー、大倉悟グループリーダー代理、佐々木朋樹技術主任にネットワーク環境の整備、「地球シミュレータ」による気候変動や自然災害の数値シミュレーションなどについてお話を伺いました。(インタビュー実施:2024年7月23日)
JAMSTECの概要について教えてください。
直井氏:JAMSTECは、海洋、地球、生命、人類の統合的理解を推進し、社会との協創による地球の未来を創造することを使命としています。サイエンスを行う5つの研究部門と、技術開発を行う組織が一体となって研究開発を推進する体制となっており、全国6か所の拠点がSINETで接続されています。
JAMSTECの運用する海洋調査プラットフォームとしては、深海潜水調査船支援母船「よこすか」をはじめとする6隻の船舶及び有人潜水調査船「しんかい6500」をはじめとする探査機等の運用を行っており、これら船舶等を用いた調査観測・試験は気候、地震、生命といった研究分野や、技術開発等の様々な分野で成果を出しています。また、大型計算機システムとして「地球シミュレータ」を運用しており、地球全体に関わる温暖化予測研究、気候変動への適応予測研究、地震・津波シミュレーションによる防災研究といった分野に大きく貢献してきました。
これらの海洋観測データやシミュレーション結果については、データの品質管理を行いつつ体系的に管理し、国内外の研究者がネットワーク経由で利用できるようになっています。
「地球シミュレータ」についてお伺いします。
上原氏:「地球シミュレータ」は、JAMSTECが運用するスーパーコンピュータであり、地球温暖化といった気候変動や異常気象などを研究する目的で設置されました。第1世代(ES1)は2002年に導入され、その後数回のアップグレードを経て2021年から現在の第4世代(ES4)に至っています。この第4世代では、計算性能が前回取材時(2010年3月15日)の第2世代と比べると約150倍と大幅に向上したほか、画一的な大規模演算だけでなくGPUコンピューティングやAI研究にも対応できるGPUも導入したマルチアーキテクチャ構成となっています。3種類のノードが繋がっていて、高速にデータのやり取りができることが特色の一つです。例えば、CPUノードでデータの前処理をして、ベクトルエンジン搭載ノードで計算し、その結果をGPU搭載ノードでAIに学習させるといった複雑なシミュレーションやデータ解析が可能となりました。
そして大量のデータを扱うことから、ストレージ容量も大規模データ向けに60PBのディスクストレージと、高速データI/O向けに1.3PBのフラッシュストレージを使い分けられる構成になっています。
「地球シミュレータ」の運用は、以下の3つのカテゴリに計算資源を割り当てています(2024年度)。
- 所内枠:全体の約20%
- 公募枠:全体の約10%
- 機構戦略枠:全体の約70%
この機構戦略枠は具体的には以下の3つに分かれています。
- 指定課題:国等から受け入れる研究プロジェクト
- チャレンジ利用課題:萌芽的研究や短期集中で利用する課題など
- 成果専有型有償利用課題:産業界など有償を条件とした情報非公開型の利用
所内枠と公募枠についても、年度当初に計算資源を割り当てていますが、研究活動の進捗によっては、機構戦略枠から競争的に充当する運用をしています。これらにより、幅広い研究分野や産業界からの多様なニーズに対応しています。利用者数は年々増加しており、2023年度には約1,000人、そのうちJAMSTEC職員は約300人と、「地球シミュレータ」は機構外の方に幅広く利用いただいています。
「地球シミュレータ」は様々な分野で活用されているのですね。
上原氏:「地球シミュレータ」を活用した事例として、ES3の時の「地球温暖化施策決定に資する気候再現・予測実験データベース」(d4PDF)があります。これは地球全体の平均気温が産業革命以降2℃及び4℃上昇した未来の気候状態を予測するもので、例えば「過去20年での最大降水量が、4℃上昇時には何回発生するか(頻度の変化具合)」が分かるようになります。この「d4PDF」を基に、防災・減災に資する発展的学術研究が多数行われました。国土交通省の防災施策に活用されたほか、その後の文部科学省及び気象庁のデータセットにも関連づけられるといった研究成果にも繋がりました。
地方自治体では、和歌山県が「東南海地震」発生時における津波遡上に関するデータセット作成にES3を活用しました。震源地や震度ごとに津波の発生から到達までの時間を、約2万ケースもシミュレーションし、避難計画の策定や防災教育といった和歌山県独自の津波対策システムに役立てられています。
現在のES4では、CPUノードやGPU搭載ノードを導入することで、従来のベクトルプロセッサには不向きだった種類の科学技術計算や深層学習も可能になりました。例えば、地震による熊本県阿蘇の地滑り計算、海岸に漂着した海洋ごみの画像認識による環境評価、赤道付近で発生する台風の前駆体となる雲の高精度検出といった研究活動に利用されています。
活用範囲が広がる中で、ネットワーク環境の重要性が高まっているのですね。
佐々木氏:はい、JAMSTECでは横浜研究所にメインとなる計算機資源である「地球シミュレータ」があるため、他拠点の研究者ともデータのやり取りが必要となります。また、高性能な「地球シミュレータ」から出力された大量のデータのほか、高解像度・大容量になってきている探査機等で取得された観測データを転送するためにも、高速なネットワーク環境が重要です。
大倉氏:「地球シミュレータ」利用者の3分の2は外部の機関です。シミュレーションだけでなくデータの転送が国際回線も含めて必要になる場合があります。SINETの高速かつ低遅延の安定的なネットワーク環境が重要な役割を果たしています。
具体的な接続構成も教えてください。
樋口氏:JAMSTECは全国に6か所の拠点があり、そのうち4拠点をSINET6のL2VPNで接続しています。また、横浜研究所はL2VPNを100Gbpsの回線2本でSINETと接続しており、「地球シミュレータ」の大規模データの高速転送が可能となっています。
課題と今後のSINETに対する要望を教えてください。
上原氏:「地球シミュレータ」を用いた研究結果を外部に対して公開したり、データ転送したりする必要性が年々高まっています。同時にデータセットのサイズも増大しています。こうした状況に対応するためには、全体的なネットワークインフラの強化が必要です。SINETのネットワークは様々な研究分野での活用を支援する上で必要不可欠であり、今後も安定した帯域の確保や転送速度の向上をお願いしたいです。
樋口氏:私は各拠点も含めたJAMSTECの基幹ネットワークの運用を担当していますが、基幹ネットワークは高速で安定的な運用が求められます。そのため、これを実現しているSINETはJAMSTECの研究の推進にはなくてはならないネットワークになっています。研究者のネットワークに対する要望も多様化しているので、SINETには様々なサービス展開を期待するとともに、今後も変わらず安定したサービスを提供していただければありがたいです。
上原氏:「地球シミュレータ」はその高度な計算能力と広範な利用により、気候変動予測や自然災害対策など、様々な分野で重要な役割を果たしています。今後もよりSINETとの連携を深めることで、研究の効率化や社会への貢献拡大を実現したいです。