宇宙の大規模構造解明に挑む「Romanプロジェクト」におけるSINET6の役割
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は、宇宙科学に関わる幅広い分野の活動を行っています。JAXA宇宙科学研究所宇宙物理学研究系 田村隆幸助教に最新の宇宙観測の取り組み、ネットワーク環境の整備についてお話を伺いました。(インタビュー実施:2024年6月17日)
JAXA宇宙科学研究所の機関概要について教えてください。
田村氏:宇宙科学研究所は、JAXAの中の科学研究、人工衛星を使った宇宙の観測天文学と探査、ならびにこれらを支えるための宇宙工学を担当する部門です。私が専門にしているのは宇宙物理学、天文学です。具体的には、宇宙の大規模構造という、銀河よりも大きな集団の観測とデータ解析をしています。 その中でも、「Romanプロジェクト」という2026年にNASAが打ち上げる衛星「Nancy Grace Roman宇宙望遠鏡(以下、Roman宇宙望遠鏡)」に関わっています。
「Roman宇宙望遠鏡」とはどのような目的のプロジェクトでしょうか。
田村氏:普段、望遠鏡というと「すばる望遠鏡」のような地上の天文台にあるものをイメージされると思います。宇宙望遠鏡とは、人工衛星を使って宇宙に打ち上げる望遠鏡のことを指します。宇宙空間にあることで、より高精度・高解像度のデータを取ることができるため、NASAは過去にもハップル宇宙望遠鏡といった大型の望遠鏡を開発してきました。
「Roman宇宙望遠鏡」は、それに続く大型のプロジェクトであり、主な目的としては大量の遠方銀河の形状・明るさを精密に測定し、「ダークエネルギー宇宙論の高精度な検証」を行います。これは「ハッブル-ルメートルの法則」といって、宇宙にある銀河を観測すると、遠くにある銀河ほど速い速度で遠ざかっていることが分かり、これによって宇宙が膨張していることが示されました。宇宙膨張は重力によって徐々に鈍くなると一般的に考えられていました。しかし最近になって膨張が加速していることが発見され、その原因が、重力をはじめとする現代物理学では説明ができません。この加速膨張の原因として仮定されるものをダークエネルギーとして名付けています。「Roman宇宙望遠鏡」では、遠方の銀河の形状と明るさを大量に精密観測することで、広い宇宙での物質の分布と、宇宙の膨張速度、そしてダークエネルギーの性質の関係について精密に調査します。
また、重力マイクロレンズ探査観測から、従来検出が困難であった「冷たい系外惑星」を大量に発見し、系外惑星の分布を包括的な解明も期待されています。約30年前に初めて太陽系以外の惑星が観測されて以降、現在までに5,000個以上の系外惑星が発見されました。それを図示したものが下の図になっています。横軸は太陽からの距離となっており、1が地球と太陽の距離になっています。縦軸は惑星の質量で、1が地球と同じ質量です。そのうえで、灰色や白で示されているものが観測された太陽系外の惑星です。また、赤いラインは同じくNASAが2009年に打ち上げたケプラー宇宙望遠鏡で観測されたものです。
「Roman宇宙望遠鏡」ではこの青線や青系の領域にあるような、太陽から遠くかつ広い範囲の質量を持つ惑星が検出できると予想しています。このように宇宙全体でどういう性質の惑星がどのくらいあるか観測することを目的としています。これには、重力マイクロレンズ法という光の性質を利用する手法を用います。具体的には、ある恒星から「Roman宇宙望遠鏡」に光が届く際に、ちょうど間に別の惑星が偶然重なると、その重力によって、光が屈折して、同時に明るさも変わります。その変化の様子を捉えて惑星を発見する手法です。「Roman宇宙望遠鏡」では、銀河系中心に近い領域に位置する数億個の星の明るさを、これまでにない精度で合計10数ヶ月間観測することで、冷たい惑星を約1,400個発見すると期待されています。
プロジェクトにおける日本およびJAXAの関わりを教えてください。
田村氏:「Roman宇宙望遠鏡」では直径2.4mの光学望遠鏡を、宇宙に打ち上げてから5年ほどの期間、観測を予定しており、惑星探査から宇宙論の解明までいろいろな科学的戦略の方向性を示し得る重要な成果を提供すると期待されています。
日本は国際パートナーとして参画しており、高精度偏光観測機能を追加するための光学素子を製作して提供しています。例えば太陽とその周りを周回する惑星とを観測する際、太陽の光を遮断して、周りにある惑星の光だけを捉えるものをコロナグラフと言います。このコロナグラフのマスク基板と呼ばれる衛星の観測装置の中核部分の一部は日本から提供されています。コロナグラフマスクは、明るい恒星像やその回折光を遮蔽する重要なパーツで、その製造には高度な技術が必要とされ、日本企業の技術力が存分に発揮されています。
また、このプロジェクトにおけるJAXAの貢献として、地上局によるデータ受信があります。「Roman宇宙望遠鏡」は従来の宇宙望遠鏡とは比較にならない大容量の観測データを収集します。例えば、「ハッブル宇宙望遠鏡」が約30年かけて収集したデータ量に対して、その100倍以上の観測データ量を5年間で収集します。「Roman宇宙望遠鏡」も記録媒体を搭載していますが、1日あたり数TBのデータを収集しますので、できるだけ早く観測データを地上に転送する必要があります。NASAは専用の受信局を整備しますが、それでも最大データ収集量の半分以下しか受信できないため、JAXAとヨーロッパを含む国際協力が必須となります。JAXAは今回新たに、長野県の美笹深宇宙探査用地上局に26GHz帯の高速受信システムを開発・導入し、NASAに受信したデータを転送することで「Roman宇宙望遠鏡」の運用を支援する予定です。
その送受信においてSINETのネットワークを活用されるのですね。
長野県の美笹局から専用線で最寄りのSINETノードに接続を予定しています。また、このプロジェクトではNASAがAmazon Web Services(AWS)を利用するということで、AWSはSINETと直結しているのでSINETのクラウド接続サービスでAWSと接続します。主にAWSの東京拠点を利用しますが、大阪拠点とも障害発生時等に切り替える予備ルートとして冗長化しています。NASAへはAWSのネットワークを通じて転送します。クラウドサービスを活用することで、もしデータ転送時に不具合が起きても、自動で同期されることが期待されます。NASAから要求されている衛星からアンテナの伝送速度は最大250Mbps以上です。受信後も、できるだけ早くNASAに転送したいと考えており、SINETの高速かつ遅延の少ない安定したネットワークが重要な役割を果たしています。
今後の課題や、将来の展望についてもお教えください。
田村氏:「Roman宇宙望遠鏡」は国際協力プロジェクトです。美笹をはじめとするJAXAや、SINET、AWSならびにNASA等、多くのステークホルダーが関わっています。美笹局は基本的には無人で運用したいと考えています。しかし天候や季節によっては受信電波が減衰してしまうことや、台風や大雨、落雷があると停電してしまうことも想定されます。今回はNASAの衛星のため、状況に応じてリアルタイムに転送コマンドを調整することはできません。障害発生時に、短時間に復旧させられるかは、今後も検討を重ねていく必要があると思っています。その意味でもSINETの24時間365日の運用監視体制は有難いと感じています。
今回の約5年間のプロジェクトにより、多くのデータが収集されることが予想されています。地球のような大気があって生命が育まれているような惑星の発見に繋がるかもしれません。この観測データを今後将来世代にわたって世界中の研究者が活用できるようなステップの一つになることを期待しています。