核融合研究のオープンデータ化におけるSINETの役割
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 核融合科学研究所(以下、NIFS)は、核融合研究における実験データの収集と管理を推進しています。NIFS可知化センシングユニット 中西秀哉准教授と、情報システム・セキュリティセンター 山本孝志准教授にオープンデータ化の取り組み、ネットワーク環境の整備などについてお話を伺いました。(インタビュー実施:2024年6月24日)
クリーンなエネルギーの実用化を目指すNIFSの機関概要について教えてください。
クリーンなエネルギーの実用化を目指すNIFSの機関概要について教えてください。
山本氏:NIFSは、核融合エネルギー(フュージョンエネルギー)を私たちが利用できる形で実現するために必要となるプラズマ物理をはじめ、ミクロな量子プロセスや材料科学、装置を構成する機器の工学技術まで幅広い分野で学術研究をしている機関です。核融合研究においては、装置の規模が大きくなることから個別の大学や研究機関で所持することは難しいです。NIFSは大学共同利用機関として、大型ヘリカル装置(LHD)やスーパーコンピュータなど、大型の研究施設を用いて国内外の大学や研究機関との共同研究を進めることで、核融合科学の発展とともに、広く科学技術の基盤形成を推進しています。また、将来の核融合科学を担う若手人材育成を推進するという重要な役割を担っています。総合研究大学院大学も設置しており、名古屋大学をはじめとする連携大学からの大学院生の受け入れにも力を入れています。さらに昨今は他分野や産業界との連携を進めるため、オープンサイエンスの推進が重要視されています。材料開発、プラズマシミュレーション、核融合ベンチャー企業などとの協力も期待されています。
そもそも「核融合」とはどのようなメカニズムでしょうか。
中西氏:核融合とは、質量の小さい原子核同士が融合して、別の重い原子核に変わるとともに、とても大きなエネルギーを発生する反応です。具体的には、水素などの融合反応によりヘリウムなどが発生することを指します。この核融合反応は宇宙における普遍的なエネルギー源であり、太陽では水素からヘリウムが生成される核融合反応が起きていて、46億年にわたりエネルギーを生成し続けています。燃料となる水素や重水素は海水中に豊富に存在しており、実用化すれば低コストで莫大なエネルギーを得ることができます。また、有害な廃棄物が発生しにくいこともあり、環境負荷の少ないエネルギーとして期待されています。
「LHDプロジェクト」とはどういった研究でしょうか。研究の目的と今後の役割も併せてお聞きします。
中西氏:「LHDプロジェクト」は、NIFSが運用する大型ヘリカル装置(Large Helical Device:LHD)を用いた超高温のプラズマ生成の実験研究および理論シミュレーションを目的としていました。核融合反応を起こすためには互いに反発しあう原子核同士を一定以上の速度で衝突させるのですが、この高速で運動するプラズマ状態の原子核を一定の空間にたくさん閉じ込める必要があります。プラズマを用いた身近な例では蛍光灯があります。これは粒子を100Vで加速して温度を1万度まで上げてプラズマ化させることで光を発生させています。「LHDプロジェクト」では、超電導コイルをらせん状にドーナツ型に巻くことでプラズマを閉じ込めるための磁場を作っています。実際に2017年から2022年までには重水素ガスを用いたプラズマ実験をおこない、1億度を超えるプラズマを発生することに成功しました。
これによって得られるデータを収集や分析をするだけでなく、オープンデータ、オープンサイエンス化することを今後の目的としています。今まで以上に国際連携を促し、フュージョンエネルギーの実現を加速化したいと考えています。私達は核融合実験で得られた大量のデータをAmazon Web Services(AWS)の「オープンデータスポンサーシッププログラム」*の支援を得て一般公開しました。これにより、世界で初めて核融合分野の実験データがオープンデータとして提供されることになりました。
SINETのネットワーク接続構成についても教えてください。
山本氏:はい、実験データの収集量は年々増加していて、この10年では100倍のペースで伸びているため、改めてネットワーク環境も重要になっています。現在は、岐阜DCからプロバイダを経由して、ファイアウォールを経てキャンパスLANに10Gbpsで2本接続しています。名古屋DCからはSINETのL2/L3VPNで接続しています。先程のAWSにデータを転送する際には名古屋DCを経由してSINETのクラウド接続サービスで接続します。ネットワーク構成図に示すように、SINETの特長でもあるネットワークの冗長化によってメンテナンス作業や障害時にも通信が途切れることのないバックアップ環境を構築できています。さらに名古屋DCからは実験用のVLANが集中していることもあり増強することを検討しています。
山本氏:現在建設が進められているフランスの核融合実験炉「ITER」との共同研究など国際回線の増強も課題となってきますので、今後は100Gbpsへの帯域拡張も計画しています。まさにオープンデータ、オープンアクセスを推進していることもあり、国内外、産業界、スタートアップと連携し、例えば装置を保有していなくてもデータ解析ができることは大きなメリットと思いますので、学認クラウドやGakuNin RDMなどをフルに活用して提供していきたいと考えています。サイバーセキュリティの観点からも、内部では対応の難しいDDoS対策として自動DDoS Mitigationサービスがあることも心強いと感じています。
オープンサイエンス化にもSINETのネットワークが活用されているということですね。
中西氏:核融合研究は特許といった知的財産権が絡んでくるような事例が少なく、以前より国際連携や共同研究が盛んな分野の一つですが、オープンデータにすることによって、研究成果を全体で共有して、フュージョンエネルギーの実用化を加速することが共通の目的として新たに位置づけられています。 昨今は核融合ベンチャーも立ち上がっていますが、元々は研究機関で実験していた方も多くいます。また、東南アジア諸国をはじめとする、実験装置を持っていない国から日本に留学し、学位を取得した後に、本国に戻って研究を続けたいという方もいます。そうした方々が、ネットワークを経由して、自分たちが残してきたデータにアクセスできる環境を整えることが、学術だけに留まらない核融合分野における研究の後押しにも繋がって盛り上がりを作ることができると思っています。 また、実験装置内の過酷な環境下で使用できる材料などは、他の研究分野にも応用できる可能性もあります。例えば宇宙空間では太陽からの高エネルギーの粒子を浴びることになりますが、プラズマに耐えられる宇宙船の材料開発といったことが挙げられます。大気のプラズマシミュレーションが、地上でのオーロラ観測と解析にも活かせるかもしれません。
山本氏:NIFSでは、現在の大型ヘリカル装置実験が来年度(2025年度)での終了を予定しています。新しい実験装置は中型になり、超電導コイルは使わず、計測機器も増強する方針です。概念設計を進めていく中で、研究所の体制もLHDを中心とした実験プロジェクトから研究ユニット制に移行し、分野横断的な取り組みが進められています。
今後の展望についてもお教えください。
中西氏:私はオープンサイエンスをライフワークとして見定めています。オープンデータが実質的なアプローチとなりますが、核融合を色々な方面にオープンにしていきたいと考えています。巨大な実験データというデジタル資産があることに加えて、SINETが足回りとしてネットワークを提供いただいているので、それを十分に活用して、国内の核融合研究を世界に繋げていきたいです。
山本氏:私はネットワークを担当しているので、SINETだけに留まらない国立情報学研究所が提供されている各種サービスを活用することで、今後も安定した研究基盤を整えていきたいと思っています。