SINET6を活用したデータ駆動型観光「Zekkei Project」における気象情報収集

国立大学法人 北見工業大学は、帯広畜産大学、小樽商科大学の2大学と法人を統合し、2022年4月に北海道国立大学機構を設立しました。統合の目的、教育と研究の連携、SINETを活用したデータ駆動型観光「Zekkei Project」における狙いと成果について、情報処理センターの升井 洋志氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2023年10月18日)

3大学統合により取り組んでいるオープン・イノベーションセンター(通称ACE)について教えてください。

升井氏:北海道国立大学機構は小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学の3大学が2022年4月に法人統合して設立されました。統合により経営の効率化や、教育と研究の連携を強化し、学生の教育と研究の質を高めることで、地域貢献やイノベーションの創出を目的としています。3大学連携の研究推進機構であるオープンイノベーションセンター”ACE”(Agriculture・Commerce・Engineering)は未来起点オープンイノベーションの推進を役割としており、研究情報を統合管理・活用・発信することで、知識集約型社会を見据えた分野融合研究により「知の社会実装」の実現を目指しています。研究シーズ集約・発信システム構築においては、SINETやGaKuNin RDMを活用し、ACEの代表的な取り組みとして、データ解析および利用を通じた観光促進を目指す「データ駆動型観光」に力を入れた「Zekkei Project」があります。

データ駆動型観光とはどういった活動でしょうか。そのうえでZekkei Projectとはどういった活動でしょうか。

升井氏:「Zekkei Project」は北海道国立大学機構である小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学の3大学で形成され、帯広畜産大学をプロジェクト代表として、マネジメントチーム、リサーチチーム、DIAS連携チーム、観光フロンティアチームの4つのチームと、関連する教育・研究機関、自治体、民間企業とで推進されるプロジェクトです。
例えば、オホーツク地域の特異な自然現象とそこから導かれる「絶景」の風景の発生予測とデータ駆動型観光への活用を目指し、観測、解析、マーケティング、情報発信等を統合的に推進することで科学とビジネスを結びつける取り組みをしています。気象観測とデータ解析を観光に結び付けて、地域貢献や観光促進を目指す取り組みが「データ駆動型観光」です。北海道、とくにオホーツク地域は寒冷地特有の自然現象気候があります。例えば「蜃気楼」や「流氷」といった本州では見ることができないような現象です。こうした現象が観測される気象データを、SINETを通じて文科省のデータ統合・解析システム「DIAS(Data Integration and Analysis System)」に蓄積しています。Zekkei Projectは、データ解析によって「蜃気楼」や「流氷」の予想を表示することで、観光需要を喚起する活動をおこなっています。

具体的にはどのように気象情報を収集しているのでしょうか。

升井氏:世界自然遺産である知床半島は、光ケーブル等のインフラ整備がなされておらず、突端あたりは携帯電話回線が通じないため気象観測空白域でした。そこで、省電力かつ20kmの遠距離通信が可能な無線通信規格「LPWA(Low Power Wide Area network)」と、「モバイルSINET」を組み合わせた通信型気象計を開発しました。北見工業大学・社会環境系の舘山一孝准教授が代表者として関わり、知床岬と知床連山の三ツ峰に無人気象計(7地点)、カメラ(17地点)と、知床連山の知床硫黄山に気温計を設置し、「LPWA通信」によって1時間に1回の頻度でデータを親機に送信しています。そこから「モバイルSINET」を通じてSINET上に送られ、関連データは「DIAS」のデータとして収集されています。これにより気圧、気温、湿度、降水量、風向、風速といったデータを測定可能になりました。

ランドサット8号の知床半島の衛星画像と観測システムの概要

SINETのネットワーク環境がデータ収集に重要な役割を果たしているのですね。

升井氏:SINETのネットワーク環境は、知床半島の気象観測だけでなく、3大学の学術連携と地域連携にも役立っています。距離の問題もあり、従来は10Gbpsだった北見工業大学と北見DC間の回線速度がSINET6では200Gbpsに向上したことにより、3大学間のデータ通信が容易になりました。また、このような学術連携だけでなく、認証システムを学認に統一し、「GakuNin RDMや外部ストレージとも連携することで、収集・解析したデータを研究者や利用者に提供することも可能になりました。このように各大学で共通した「データ管理サーバー」と「GaKuNin RDM」による研究データ管理基盤を軸とすることで、データ収集・解析を効率的に実施できる環境を構築しています。

課題や今後の展望についてもお聞かせください。

升井氏:知床半島のデータ取得においては、厳しい自然環境への対応、具体的には強風・着氷・着雪といった寒冷地の気象によるものや、ヒグマ・エゾシカ・野鼠などによる獣害への対応が課題です。また。プロペラ式の風向風速計は強風のため1年持たず、着氷・着雪によって重量と空気抵抗が増えることによって観測機器の支柱が破壊され、センサー等を消失するなどの設置に関する問題もあります。一方で、LPWAと携帯電波回線を併用した通信手法およびソーラーパネルによる電源自給は北海道のような人が住んでいない地域が多い環境の道路や河川のインフラの監視にも適していることが分かりました。本プロジェクトでの研究で開発した気象計やカメラは実際に防災分野で自治体や国の管理者に導入されつつあります。
「データ駆動型観光」の実現においては、複数の自治体や民間企業と連携協定を結び、様々な絶景ポイントに「DIASカメラ」の設置が進みつつあります。また、予測精度向上のためにカメラ画像からAIで自動的に絶景の発生を自動判別して発生頻度と気象条件の関係を解析し、より正確な発生予測アルゴリズム「Zekkei Explorer(-絶景予測)」の開発・促進に寄与しています。

さらには客観的な視点から観光資源を見つめ直すことも重要です。我々のように普段北海道で生活していると、雪やスキーといった観光地やアクティビティが日常に見えてしまいます。中国や東南アジアをはじめとする北海道に魅力を感じているようなインバウンド需要取り込みのためにも外国人目線のマーケティングを行う必要があります。Zekkei Projectとしては、3大学の異分野連携研究のモデル事業として、文理融合の研究チーム体制で、観光客を能動的に誘導するシステムと、地域を持続的に活性化するビジネスモデル開発に取り組んでいきます。一方で、一過性ではなく持続的な観光地の育成・管理を行うために、観光地の環境変化や負担を軽減するようなモニタリングも継続していきたいと考えています。
また、観測データはオープンデータとして共有しやすいですが、個人や機密情報が含まれるデータの共有にはまだまだ課題があります。産学連携時のデータ共有におけるセキュリティと知財の保護が重要です。例えば個別に民間企業と共同研究しているデータが、他社も見られるようになってしまうと問題になってしまうので、データ利活用の方針やデータポリシーを策定する必要があると感じています。 SINETと接続することで安定かつ高速なネットワーク環境を実現できていますので、今後も連携を深めながら研究基盤を強化していきたいと思います。

ありがとうございました。