実際の授業風景

京阪奈三教育大学における双方向遠隔講義システム

伊藤 剛和氏
伊藤 剛和氏

国立大学法人 京都教育大学、国立大学法人 大阪教育大学、国立大学法人 奈良教育大学の京阪奈三教育大学では、SINETのL2VPNを利用した 遠隔講義を共同で実施しています。
その目的と効果について、奈良教育大学 学術情報教育研究センター准教授 伊藤 剛和氏、奈良教育大学准教授 古田 壮宏氏、並びに京都教育大学 教育学部産業技術科学科准教授 情報処理センター次長 多田 知正氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2013年10月17日)

まず、今回遠隔講義システムを構築された経緯について教えていただけますか。

伊藤氏: 京阪奈の三教育大学の機能強化を目指す中で、それぞれの大学が持つ個性や特長をお互いに持ち寄って、豊かで有意義な教員養成に活かせないかと考えたことがきっかけです。 近年では教育現場へのICT普及が一段と進んでおり、課題探求教育や持続発展教育などの新しい学びも生まれています。 当然、教員にもさらなる資質の向上が求められますので、そこへ寄与するための活動の一環として遠隔講義システムの導入を考えたのです。
実は、こうした取り組みは今回突然始まったものではなく、数年前から兵庫教育大も含めた4教育大学で、テレビ会議システムを利用した授業交流を実施しています。それをさらに一歩進めて、遠隔講義の恒常化やシステムの改善を図ったというわけです。

多田 知正氏
多田 知正氏

多田氏: 教員養成に対する基本的な考え方は同じとはいえ、各教育大学ではそれぞれに特色のある講義を行っています。 こうしたものを受講することは、各教育大学の学生にとっても大きな財産となります。
とはいえ、いざ実際にやるとなると難しい面もあります。学生が他大学の授業を受けに行くという方法ももちろんあるわけですが、相手方のキャンパスまでの距離や時間を考えるとあまり現実的ではありません。 他大学の講義を一つ受けるために、その日は自分の大学で講義が受けられないということも考えられますからね。その点、遠隔講義を有効に活用できれば、こうした問題も解消できます。

システム構築上や運用上の検討課題となった点などはありましたか。

多田氏: 以前実施した時に思ったのが、通常の標準画質のテレビ会議システムではちょっと厳しいという点です。当時使用した機器のスペックが低かったこともあり、画像が荒く黒板の字が読めない、通信が途切れるなど様々な問題がありました。ちゃんとした講義を行うためには、やはり板書が読めるレベルの画質は必須。
それともう一つはシステムの使い勝手です。テレビ会議システムは元々企業の会議を想定して作られたものなので、どうしても準備や現場の運用に手間が掛かってしまう。あまりICTに強くない先生でも容易に講義が行えるようなものができればと考えました。

伊藤氏: あとは双方向性ですね。実際の講義では学生の意見を聞いたり質問を受けたりということがあるわけですが、これが遠隔側の学生とも同じようにできないといけません。 特に最近では、小中学校などでもWebカメラを使って遠方の地域と交流学習を行う事例が増えています。学生のうちに遠隔講義を体験しておけば、将来自分がこうした授業を行う際にも役立つでしょう。 また、遠隔講義を行う教室については、遠隔で受講する側の学生数の方が少ないことが想定されたため、各大学で大中小三種類の規模の教室を確保するようにしました。

現在の環境はどのようになっているのですか。

伊藤氏: HD画質対応のテレビ会議システムを新たに導入し、講義を行う先生、学生、教室全景を撮影、そのほかに専用IPカメラを2台横につなげて、横長の黒板全体が映せるようにしてあります。 また、受講側の教室ではプロジェクターとスクリーンを2組配置するようにしていますが、本学では設置スペースの問題からスクリーン+70インチ電子黒板の構成になっている教室もあります。
あと講義と運用を先生が一人で行うのは難しい面もあるので、講義側、受講側の両方の教室に支援スタッフを配置しています。 ちなみに、授業の履修についても、以前より踏み込んだ形になっており、それぞれの大学の教養科目に他大学の遠隔講義科目が掲載され、他の講義と同様に履修登録も行えるようになっています。

ネットワークにはSINETのL2VPNサービスを利用されていますね。

多田氏: ネットワーク廻りで心配したのが、いくら遠隔講義のためとはいえ管理をおろそかにはできないということです。 ファイアウォールに穴を開けるのはできれば避けたいですし、テレビ会議を行う上ではパケット遅延もできるだけ減らしたい。
そこで本学から提案したのが、SINETのL2VPNサービスを利用する方法です。 3大学をL2VPNで結んで独立したLANを構築し、そこにテレビ会議システムを置くようにすれば、万一トラブルが発生したとしても学内LANへの影響は避けられますし、オーバヘッドが小さく性能的にも有利になります。 ちょうど本学では学内クラウド構築の際にL2VPNを利用した経験もありましたので、今回もこれが役立ってくれるだろうと考えたのです。

具体的な講義内容についても教えていただきたいのですが

古田 壮宏氏
古田 壮宏氏

古田氏: まず2012年度に試行として4科目を実施し、本格実施を迎えた2013年度は前期8科目、後期15科目を実施しています。 前期の内容としては、奈良教育大が「考古学と自然科学」「持続発展教育と世界遺産」「問題解決のためのコンピュータを用いたデータ分析入門」の4科目、大阪教育大学が「学校安全」「科学の揺籃から離陸まで」「生涯教育と人間形成」の3科目、京都教育大学が「健康科学論」の1科目をそれぞれ担当しています。
紙資料の配布・回収や教室確保のための調整作業など、様々な手間はありますが、講義そのものは概ねスムーズに行えていますね。 異なる大学同士で画面越しにディスカッションを行ったり、遠隔側から発表を行ったりといったことも問題なく行えます。

遠隔講義のメリットとして感じられる点はどのようなことでしょう。

古田氏: 教養科目の選択肢が大幅に増えたことが一つですね。本学でいえば1.5倍くらいに増えています。特色のある講義を選択できる幅が広がったということは、学生にとって大きなメリットです。 もちろん、遠隔講義を通して他大学の学生と意見を交わしたり、交流したりできるようになったことも非常に大きいと感じています。

最後に今後の展望について伺えますか。

多田氏: 今回のプロジェクトでは、テレビ会議システムを双方向授業に利用する限界もいろいろと感じるところがありました。 とはいえ、将来的にこうしたニーズが増えることは間違いないでしょうから、我々が苦労して培った知見をICTベンダーなどにもフィードバックして、より大学の遠隔講義にフィットしたシステムを実現するためのお手伝いができればと考えています。

伊藤氏: 私自身は次世代教員養成センターの職務も兼務していますが、これからの教員養成においては、学生たちにいろんな新しい経験を積んでもらうことが重要と感じています。 そのためには、ICT時代の教育現場を想定した環境整備も進めていかなくてはなりません。今回の取り組みもまさにその一つですが、NIIとSINETにもさらなる協力をお願いできればと思います。

ありがとうございました。