建物の残余耐震性能判定のための広域の建物計測加速度データ収集基盤実証実験

東京大学 地震研究所では、地震後の建物の残余耐震性能を評価する研究にSINETの広域データ収集基盤を活用しています。その狙いと成果についてお話を伺いました。

東京大学 地震研究所では、地震後の建物の残余耐震性能を評価する研究にSINETの広域データ収集基盤を活用しています。その狙いと成果について、東京大学 地震研究所 地震火山情報センター センター長 鶴岡 弘氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2020年12月21日)

東京大学 地震研究所には、2008年にも本活用事例にご登場頂きました。その後何か変わられた点などはありますか。

鶴岡 弘氏
鶴岡 弘氏

鶴岡氏: 地震・火山現象を科学的に解明し、それらに起因する災害を軽減するという基本的な使命は以前と変わりありません。ただ、前回取材時には4部門・5センターでしたが、現在は4部門・8センターとなっています。また、私の所属部門も、地震予知情報センターから地震火山情報センターに名称が変わりましたが、引き続き地震観測データの収集・提供や情報流通基盤の整備・運用などの業務を担っています。

さて今回、SINETの広域データ収集基盤を、地震後の建物の残余耐震性能を評価する研究に導入されました。まず、この研究の概要について教えて頂きたいのですが。

鶴岡氏: この研究は当研究所の楠 浩一先生を中心に行われていますが、そもそもの背景として、地震後の建物の応急危険度判定にまつわる様々な課題があります。大きな地震が起きた後には、建物に致命的な損傷が生じていないか、戻っても大丈夫かどうかを応急危険度判定士などの専門家がチェックします。しかし、人的リソースにも限りがありますので、すべての建物を判定し終わるまでには長い時間が掛かります。また、基本的に目視で判定を行うため、完全に安全だと言い切れない建物は「要注意」というグレーゾーン判定にならざるを得ません。さらには、技術者のレベルによって判定がバラつくといった問題も生じがちです。そこで、人手に頼るのではなく、事前に設置したセンサーを使って、地震後の建物の安全性を見極めようというのがこの研究の狙いです。

具体的にはどのような仕組みで危険度を判定するのですか。

鶴岡氏: 建物の最下層と最上層、それと中間層に数台加速度センサーを設置し、得られた加速度を2階積分することでそれぞれの変位量を算出します。さらにこの加速度から力、変位量から建物の変形量を計算します。これらの計算結果を現行の耐震設計方法と同様の計算を行います。この計算により、もう一度本震が建物を襲った時の倒壊する危険性を基に、建物の被害程度を無被害、軽微、小破、中破、大破、倒壊に分類する方法です。計算自体は地震終了後、数分でおわります。

図1:一般観測建物での危険度判定
図1:一般観測建物での危険度判定
図2:本研究で実際に用いられたセンサー(取材時撮影)
図2:本研究で実際に用いられたセンサー(取材時撮影)

なるほど。それなら建物を個別に目視するよりもはるかに短時間で判定が行えますね。

鶴岡氏: それに加えて、この研究は応急危険度判定だけでなく、建物のヘルスモニタリングへの応用も期待されています。建物には固有の周期があると述べましたが、この周期は木材や鉄骨などの構造材の劣化によっても変化します。長期にわたって建物の観測を行い、固有周期に変化が生じてくれば、「この建物はそろそろ補修が必要ではないか」といったことが分かります。

そこに広域データ収集基盤を導入された経緯についても伺いたいのですが。

鶴岡氏: 地震観測では、様々な観測点からデータを収集します。これに掛かるコストや労力が結構重たいんですね。地震研の基盤観測網でも、普段からSINETや専用線などを駆使してデータを集めていますが、特にこの研究については観測点が多いため、そこからどうやってデータ収集するかが重要なポイントになります。一番コストが掛からないのは、データを保存した記憶媒体を人手で回収する方法ですが、これだとデータが手元に届くまでに長い時間が掛かってしまいます。各観測点に通信回線を引く方法もありますが、これも新規に工事を行うとなると設備管理者の許可を得たりしなくてはなりません。その点、広域データ収集基盤を利用すれば、SINET接続用のSIMを挿入したモバイルルーターを現地に置くだけで、遠隔地のデータをリアルアイムに収集できます。

ネットワークに求められる要件としては、どのような点が挙げられますか。

鶴岡氏: まずは観測データを確実に収集できる帯域や信頼性を備えていること。それともう一つはセキュリティですね。建物がどれだけ揺れたかというのは、その建物を所有するオーナーの方々にとっても大事な情報です。外部に知られることを嫌がられるケースもありますので、セキュアなネットワークであることが重要になります。その点、広域データ収集基盤を利用すれば、閉域網でのデータ収集が実現できます。

実際の観測はどういう形で行われているのですか。

鶴岡氏: 東京近郊、軍艦島、東海地方、東北地方など、全国20棟程度の建物から24時間・365日体制でデータを収集し、広域データ収集基盤経由で地震研内に設置されたサーバーに送信しています。また、観測対象となる建物についても、木造家屋や商業ビル、超高層ビル、通信用鉄塔、歴史建造物、防災科学研究所の実験施設「E-Defense」など、様々な構造のものが選ばれています。

図3:エイツーe-Defence振動台実験でのネットワーク構成図(構成1)
図3:エイツーe-Defence振動台実験でのネットワーク構成図(構成1)
図4:エイツーe-Defence振動台実験でのネットワーク構成図(構成2)
図4:エイツーe-Defence振動台実験でのネットワーク構成図(構成2)

観測を通して得られた気付きや課題などはありましたか。

鶴岡氏: 広域データ収集基盤では、NTTドコモ、au、ソフトバンクの大手3社のSIMが提供されますが、観測点は市街地エリアだけではないので、中には電波がうまく入らないケースもありました。この研究ではどこでもつながってくれないと困るので、こうした場合にはSIMの交換をお願いして対応しました。なお、この研究では上層部/下層部とで時刻が同期していることが非常に重要なため、広域データ収集基盤を経由したネットワーク時刻同期の精度も調査しています。その結果、十分な精度が確保できることが確認できました。

広域データ収集基盤を利用するメリットについてはいかがでしょう。

鶴岡氏: やはり、複数拠点にわたる観測システムを簡便に、かつ低コストで実現できる点が一番大きいですね。いちいち工事を行う必要もありませんので、置き場所と電源さえ確保できればすぐに観測に取り掛かれます。加えて、意外に大きいのが、管理面でのメリットです。こうしたモバイル観測環境を自前で構築するとなると、SIMの契約手続きや資産管理などが非常に煩雑になります。そこを気にせず研究に集中できるのは非常にありがたい。ちなみに、地震はいつ・どこで起きるか分からないため、「ここで観測したい」というニーズが事前に読めませんが、NIIには柔軟に対応して頂き助かっています。

今後の期待についても伺えますか。

鶴岡氏: 広域データ収集基盤は非常に利便性の高いサービスなので、ぜひ今後とも継続をお願いしたい。また、SINETも地震研の活動に不可欠な役割を果たしてくれていますので、より一層の発展を期待しています。

ありがとうございました。