アルマ望遠鏡プロジェクトとSINET

立松 健一氏
立松 健一氏

自然科学研究機構 国立天文台チリ観測所では、北米及び欧州諸国と協力して「アルマ(ALMA:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)望遠鏡プロジェクト」を展開しています。
その概要とSINETが果たしている役割について、自然科学研究機構 国立天文台教授 アルマ地域センター・マネージャー 立松 健一氏と、同 チリ観測所専門研究職員 中村 光志氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2013年11月12日)

まず「アルマ望遠鏡プロジェクト」の研究目標について教えて頂けますか。

立松氏:わかりました。アルマ望遠鏡プロジェクトでは、「銀河の起源」「惑星系の誕生」「生命へつながる分子」の3点を研究目標として掲げています。 この宇宙がビッグバンで始まったことはご存知だと思いますが、実はビッグバン直後にいきなり星が生まれたわけではなく、「宇宙の暗黒時代」と呼ばれる何もない真っ暗な時代が長く続いています。 では一体、宇宙はいつ夜明けを迎えたのか、最初の世代の星や銀河はいつ生まれたのか、それを解き明かそうとするのが「銀河の起源」の研究です。
また、私たちが住む太陽系のような惑星系についても、その成り立ちはあまり分かっていません。 かつては惑星といえば、金星や木星といった太陽系内の惑星しか観測できませんでした。 しかし、1995年に初めて系外惑星が発見された後は、候補も含めて約3000個の惑星が見つかり、惑星系には非常に多様な形態があるということも分かってきました。 そこで2点目の「惑星系の誕生」の研究では、恒星の生まれる仕組みや惑星誕生の過程を明らかにしようとしています。
そして最後の「生命へつながる分子」の研究では、生命がなぜこの宇宙に生まれたのかを探っています。 この研究では様々な生命関連分子を取り扱いますが、特に注目しているのは生命体を構成するタンパク質に欠かせない「アミノ酸」です。 アミノ酸にはお互いが鏡像体の関係にある「L体」と「D体」が存在しますが、不思議なことに地球上の生命のタンパク質はほとんどすべてL体のアミノ酸でできているのですね。 遠い宇宙空間でアミノ酸を検出できれば、生命関連分子がどのように作られ、どう進化してきたのかを知る上で重要なカギとなります。

そのために作られたのがアルマ望遠鏡というわけですね。

立松氏:その通りです。今述べた3つの研究を行う上では、望遠鏡にもいくつかの要件が求められます。たとえば視力(空間分解能)が良いこと、サブミリ波が観測できること、それに感度が高いことなどですね。
遠くのものを見るためには良い視力が必要ですが、そのためには望遠鏡を大きくする必要があります。 そこでアルマ望遠鏡では、最大直径18.5kmの敷地に66台の電波望遠鏡を配置しています。 ちなみに宇宙望遠鏡として有名なハッブル望遠鏡の視力は600ですが、アルマ望遠鏡はその10倍の視力6000を達成しようとしています。
次のサブミリ波が観測できることも大事なポイントです。 我々人間は可視光でモノを見ますが、これだと星の一生の内で大人の世代にある星しか見えません。 生まれたばかりの状態を見るためには、摂氏にして-263~-200℃くらいの極低温のガスや塵が発する電波、すなわちミリ波やサブミリ波という種類の電波を捉える必要があります。
観測波長数mmのミリ波は、たとえば標高1350mにある野辺山宇宙電波観測所でも観測できますが、波長1mm以下のサブミリ波は標高5000mの高地に行かなければ観測できません。 ですので、アルマ望遠鏡はそのような高地に建設しました。 しかもこうした電波は非常に微弱なため、高い感度も必要になってくるというわけです。

アルマ望遠鏡は南米のチリにあるそうですが、遠く離れた日本からどのようにして研究を行っているのですか。

立松氏:元々チリのアタカマ高原を設置場所に選んだのは、一年を通して天候が良く、水蒸気による電波吸収の影響も受けにくいという理由からです。 最適なロケーションを求めて世界中を探していたところ、日本の研究チームがこの場所を発見したんですね。 とはいえ、飛行機を乗り継いでも片道35時間は掛かりますし、高山病などにも注意が必要な場所です。とても気軽に行って帰ってくるというわけにはいきません。
そこで日本・米国・欧州の三ヶ所にそれぞれ地域センターを配置し、アルマ望遠鏡の観測データをミラーリングして研究を行っています。

なるほど。それなら現地に行かなくとも済みますね。

立松氏:私がマネージャーを務める東アジア・アルマ地域センターでは、国内の大学・研究機関はもちろんのこと、台湾をはじめとする東アジア地域の研究者に対してもアルマ望遠鏡を使った観測提案の受付や観測準備、データ配布などのサービスを提供しています。
ちなみに、アルマ望遠鏡のユニークなところは、異なる国や地域の研究者が同じデータを使って研究を行う点です。 自分の観測提案が採用された研究者には一年間の占有期間が与えられますが、その後は公開されて他の研究者も利用できるようになります。 1つのデータが8つの研究チームに利用されている例もありますよ。

遠隔観測を行うとなると、データの受け渡しを担うネットワークの責任も重大ですね。

中村氏:そうですね。アルマ望遠鏡では年間200TBのデータアーカイブ容量を想定していますが、まずはこれをチリから日米欧の地域センターへ転送しなくてはなりません。 そこで山麓施設の一次アーカイブから首都サンティアゴの二次アーカイブを経て、そこから複数の学術ネットワークを経由して各地域センターへデータを送っています。
ちなみに日本へはREUNA、RedCLARA、Internet2を経て一度北米に転送し、そこからSINET経由で国立天文台・三鷹キャンパスまで持ってきています。 REUNAでは75Mbpsの帯域を確保していますが、大きなデータを転送する際は、これがほぼ上限に張り付いている状況ですね。 またSINETについては、こちらに蓄積されたデータを大学や研究機関が利用するためのインフラとしても役立ってくれています。

立松氏:以前はハードディスクなどの物理媒体を利用してデータを送らなければなりませんでしたが、同じチリにあるASTE望遠鏡プロジェクトの際に64Kbpsの衛星回線を利用した遠隔運用に着手し、その経験を元にアルマ望遠鏡では観測データのネットワーク転送まで行えるようになりました。 現在ではSINETをはじめとする各国の学術ネットワークの協力もあり、非常に安定的な運用が行えています。

最後に今後の展望について伺えますか。

立松氏:アルマ望遠鏡の研究は、言ってみれば大量の雑音の中から宝物となるデータを探すような作業です。 不用意にデータ圧縮を行ったりすると、宝物であるデータを失いかねません。 とはいえ、望遠鏡が出力するすべてのデータを送るのは難しいので、現在は時間/周波数方向への積分を行うなどしてデータ転送レートを抑えています。
しかし、私たち天文研究者としては、こうした貴重なデータをできるだけ捨てることなくアーカイブしていきたい。 そのためにはネットワークインフラのさらなる広帯域化が求められます。 しかも66台全てのアンテナが稼動して本格運用が始まったら、24時間・365日にわたってデータが流れ続けることになりますので、SINETの今後の発展と貢献にも大いに期待しています。

ありがとうございました。