ノーベル物理学賞「小林・益川理論」の検証に大きく貢献した「Belle実験」

2008年のノーベル物理学賞を受賞される理由となった「小林・益川理論」。その検証に大きく貢献したのが、KEKで行われている「Belle実験」でした。
Belle実験の概要とSINETが果たした役割について伺いました。

片山 伸彦氏
片山 伸彦氏
高エネルギー加速器研究機構(以下、KEK)名誉教授の小林誠氏、京都産業大学理学部教授・京都大学名誉教授の益川敏英氏の両氏が、2008年のノーベル物理学賞を受賞される理由となった「小林・益川理論」。 その検証に大きく貢献したのが、KEKで行われている「Belle実験」でした。
KEK 素粒子原子核研究所 物理第一研究系教授 片山 伸彦氏に、Belle実験の概要とSINETが果たした役割について伺いました。
(インタビュー実施:2008年11月14日)

片山先生は長年KEKのBelle実験に携わられているそうですね。

片山氏: 以前はコーネル大学で粒子加速器を使った研究を行っていたのですが、10年ほど前にKEKのBelle実験グループに参加しました。
このプロジェクトが立ち上がったのは1994年で、小林・益川理論に基づいて予言された「B中間子におけるCP対称性の破れ」の検証を目的としていました。
そのために、世界でも最高レベルの性能を誇る「KEKB加速器」と、20万チャンネルものセンサーを備えた「Belle測定器」を建設し、1999年より実験を開始しました。

その実験が小林・益川両先生のノーベル賞受賞にもつながったわけですが、「CP対称性の破れ」とは具体的にどのようなことを指すのでしょう。

片山氏: もともと、ビッグバンによって生まれた粒子と反粒子には、同じ物理法則が成り立つと考えられていました。ごく簡単に説明すると、電荷(Charge)や空間(Parity)は反転しているけれど、粒子の振る舞いとしては全く同等だと思われていたのです。
ところが、1964年に、K中間子と呼ばれる粒子が崩壊する過程で、両者の振る舞いに違いがあることが発見されました。従来は、鏡に映った像のように対称だと思われていたものが、実際にはそうではなかったのです。これが「CP対称性の破れ」と呼ばれている現象です。
当時の物理学界では、この現象を説明するための理論がいくつも提案されました。その中でも「クォークが6種類あれば、この現象がうまく説明できる」という予言を行ったのが小林・益川理論です。当時はまだ3種類のクォークしか見つかっていませんでしたので、とても画期的な提案だったと言えます。
その後90年代半ばにかけて残りの3種類のクォークが発見され、小林・益川理論の前提条件が満たされました。
さらに、小林・益川理論に基づいて「2番目に重いボトムクォークを含むB中間子の崩壊過程でも、CP対称性の破れが観測されるはずである」ということが予言されました。

それを確かめるために実験が始まったわけですね。

片山氏: その通りです。ただし、ここで一つ問題がありました。B中間子の崩壊過程を実験で観測するためには、非常にたくさんのB中間子を作る必要があります。しかし、当時最先端の加速器を利用しても、10秒間に1個くらいしか作れなかったのです。
小林・益川理論を確かめるためには、B中間子を少なくとも従来の100倍くらい作らなくてはなりません。そこでKEKB加速器やBelle測定器の建設が始まったわけです。ちなみに、この実験が「Bファクトリー実験」と呼ばれるのも、「B中間子をたくさん作るための工場」というところから来ています。
実験を開始してから2年後の2001年夏、KEKB加速器とBelle測定器による実験と、スタンフォード大学の同様の実験によって、B中間子における大きなCP対称性の破れを観測することに成功。これにより、小林・益川理論の検証に、重要な貢献を果たすことになりました。

KEKB加速器やBelle測定器も大規模な施設ですが、データを分析するためのシステムもかなり大がかりになりそうですね。

片山氏: KEKB加速器の周長が3km、光の速度が30万km/秒ですから、電子と陽電子が交差する回数は一秒あたり10万回にも上ります。実験ではその中から興味を引くようなイベントを絞り込んでいきますが、それでも、一秒あたりに記録するイベントの数は200程度、一日あたりのデータ量は約1TBにも達します。

そのデータを全部記録しておかれるのですか。

片山氏: 我々の研究のユニークなところは、昨日観測したデータも8年前に観測したデータもまったく価値に違いがなく、同じように解析に使えるという点です。
このため、現在はハードディスクで約1PB、テープで約5PBのデータを蓄積しています。今後もデータ量はどんどん増えていくことになりますね。
また、解析システムやストレージと並んで、重要な役割を果たしているのがネットワークです。Belle測定器から出力されるデータは、KEKだけでなく他の大学でも並行して解析を行いますし、これとは逆に他の大学で作成したシミュレーションのデータを、KEKに持ってくる場合もあります。このため、大容量データを短時間でやりとりできる高速なネットワークが欠かせないのです。

その役割をSINETが担っているのですね。

片山氏: そういうことです。Belle実験ではこれまでもSINET、スーパーSINETを利用しており、現在はSINET3のL3-VPNサービスを利用して、KEKと東北大・東京工業大・東京大・名古屋大・大阪大を結んでいます。
また、共同研究を行っている国内各地の大学や、海外14カ国・約40カ所の大学・研究機関とも、SINETのネットワークを利用してデータをやりとりしています。つまりSINETは、Belle実験を支えるネットワークの大動脈というわけです。

性能や信頼性についての評価はいかがですか。

片山氏: 国際会議の発表前など、ピーク時には容量が数十TBに及ぶようなデータを送受信するケースもありますが、10Gbps~40Gbpsの帯域が確保されているおかげで、ネットワークに不満を感じるケースはまったくないですね。昔は海外の研究機関にテープでデータを送ったりしていたことを考えれば、環境は非常に良くなったと感じています。
信頼性も高く、障害で業務に支障がでるようなこともありません。研究には国際競争と国際協調の両面があるわけですが、そのどちらにおいても、SINETが提供する高速・大容量ネットワーク環境の持つ意義は大きいと言えます。

今後はどのように実験を進めて行かれるのですか。

片山氏: 小林・益川理論の検証という所期の目的は果たせたわけですが、その一方で新たな研究課題もいろいろと見つかっています。
たとえば、今の世界ではどこを見渡しても粒子しか見当たりませんが、約137億年前、ビッグバンによって宇宙が創成された時には粒子と反粒子が同じ数だけあったはずなのです。今反粒子が消えてしまったのは、巨大なCP対称性の破れが起こったからだと思われます。
こうした現象をうまく説明するには、また別の理論が必要になります。新しい提案もいろいろと行われていますが、かつての小林・益川理論のような決定打はまだ存在しません。いわば、また新たな大航海時代に乗り出したようなものなのです。
このような状況下においては、実験が果たすべき役割がこれまでにも増して重要になると考えています。そこで我々のグループでも、現在の実験設備の100倍の性能を持つ「スーパーKEKB」や「スーパーBelle」の建設を提案しています。 将来的には、素粒子理論や物性の分野に続いて、実験分野でももっとノーベル賞を取りたいですね。
もちろん、データ量が100倍になるということは、ネットワークにもより高い性能・信頼性が求められるということです。それだけに、今後のSINETのサービスにも、大いに期待しています。

ありがとうございました。