宇宙線観測・研究 ―大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」、大型水チェレンコフ光観測装置「スーパーカミオカンデ」―

三代木 伸二氏
三代木 伸二氏

岐阜県・飛騨市神岡町の神岡鉱山では、その自然地形を活かした様々な先端研究が行われています。今回はその中から、大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」について、東京大学 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門 重力波観測研究施設 准教授 三代木 伸二氏、大阪市立大学大学院 理学研究科 教授 神田 展行氏、新潟大学大学院 自然科学研究科 教授 大原 謙一氏の3氏に、また大型水チェレンコフ光観測装置「スーパーカミオカンデ」について、東京大学 宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設 准教授 早戸 良成氏に、それぞれお話を伺いました。
(インタビュー実施:2016年11月14日)

まずはKAGRA計画の概要と狙いについて伺えますか。

三代木氏: わかりました。アインシュタインの一般相対性理論から導き出された物理現象の一つに、「重力波」というものがあります。重さを持つ物体が空間内に存在すると、その重力によって時空間に歪みが生じます。さらに、連星中性子星のような非常に重い星が連動して動いたり、超新星爆発が発生したりすると、その歪んだ時空間が波のように宇宙に広がっていくんですね。この波が重力波であり、KAGRA計画はその直接観測を目的としてスタートしました。
とはいえ、これはそう簡単なことではありません。もし重力波が来ると時空間の歪みによって、ある二地点間の距離が伸び縮みします。しかし、その変化は非常に小さく、概ね太陽-地球間の距離が水素原子一つ分動く程度に過ぎません。このため、極めて高性能な観測装置が必要になるのです。

そのために作られたのがKAGRAというわけですね。

三代木氏: その通りです。KAGRAは直交する2つの方向にレーザー光線を発射し、鏡に反射して戻ってくる時間を比較することで時空間の歪みを検出します(レーザー干渉計)。レーザー光線が走るアームの長さはそれぞれ約3kmもありますが、重力波の観測にはそれでも足りません。そこで鏡を2枚使って何度も光を折り返し、約3000km相当の光路長が取れるようにしています。

神岡に建設されたのは何か理由があるのでしょうか。

三代木氏: 地上に施設を作ることもできますが、その場合に問題になるのが地面振動や熱などによるノイズです。レーザー干渉計は非常に高感度なので、たとえば遠くの線路を列車が走っただけでもその振動を拾ってしまう。こうした外部要因による影響を最小限に抑えるために、山裾地下200mに新たなL字型トンネルを作ってKAGRAを設置したというわけです。

SINETはどのような役割を果たしているのですか。

神田 展行氏
神田 展行氏

神田氏: 神岡にはKAGRA用の計算機資源がありませんので、坑内で観測したデータを外部へ転送する手段が必要です。そこで、神岡から東大・柏キャンパスや大阪市大へデータを送るインフラとして、SINETのL2VPNサービスを活用しています。
試験運転開始から現在までのデータ量は75TB/年程度ですが、今後本格的に観測が開始されると格段に増大します。一年間で約650TB、2023年末までには3PB以上のデータが蓄積されると予測しており、データ転送レートも常時20MB/s以上のスピードが必要です。中性子星連星や超新星爆発などの重力波が観測された際には、追観測が期待される天体観測ネットワークなどにもすぐに知らせたいので、SINETのような広帯域かつ低遅延なネットワークが絶対に欠かせません。
さらに、海外の研究施設との連携という面でも、SINETの貢献は大きいですね。KAGRAは通常の光学望遠鏡と異なり、あらゆる方向の信号を検知できますから、重力波源の方向を決めるためには、米国や欧州の検出器のデータと比較して三角測量を行わなければなりません。こうした取り組みをスムーズに進めていく上でも、国際的な学術ネットワークであるSINETの役割は非常に重要と言えます。

大原 謙一氏
大原 謙一氏

大原氏: KAGRA計画全体としては今のお話の通りですが、もう一つ忘れてはならないのが、地方国立大学にとっての効果です。新潟大学のような遠方の大学がこうした先端研究に参加できるのも、SINETという国内全域をカバーする学術ネットワークがあればこそ。もしSINETが無かったとしたら、とても現在のように研究を進めることはできません。我々としても、引き続き高品質で安定的なサービスをお願いしたいですね。
あと今後に向けた期待としては、ぜひセキュリティ面でのサービス拡充もお願いしたい。新潟大学でも帯域が従来の1Gbpsから10Gbpsに拡張されましたが、広帯域になればそれだけセキュリティ対策コストも嵩みます。このため、せっかくの帯域をなかなか十分に活用できないという悩みがあります。何かいいアイデアやサービスがあれば、ぜひ支援を提供して頂けると助かりますね。

ありがとうございました。さて、スーパーカミオカンデについては、以前にも本活用事例にご登場頂いていますが(2008年初掲載/2010年更新)、改めて最新の状況を伺えますか。

早戸 良成氏
早戸 良成氏

早戸氏: 2002年の小柴昌俊先生、2015年の梶田隆章先生のノーベル賞受賞で一般にも広く知られるようになったスーパーカミオカンデですが、現在もニュートリノや素粒子に関わる様々な先端研究を継続的に実施しています。また、最近では、スーパーカミオカンデを超える能力を備えた新たな実験装置「ハイパーカミオカンデ」の建設に向けた計画も進められています。

そうした先端実験のネットワークインフラとして、SINETが利用されているとのことでしたね。

早戸氏: はい。SINETの役割も基本的に以前と変わっておらず、国内外の研究者が観測データにアクセスしたり、外部とのコミュニケーションを行ったりする用途に用いられています。スーパーカミオカンデ実験では、研究用のサーバなどをここ(神岡)に置いていますから、共同研究者がこれらをもちいてデータを処理するのも解析を行うのも、すべてネットワーク経由での作業となります。それだけに、ネットワークの性能や品質が研究の効率に大きく影響します。しかも、現状では代替できるような通信経路もありませんから、我々にとってもSINETは無くてはならないインフラであると言えます。

前回取材ではSINET3でしたが、SINET5になって変わった点などはありますか。

早戸氏: 遅延が大きく改善された印象ですね。たとえば、私が携わっている「T2K実験」では、茨城県東海村の「J-PARC」(大強度陽子加速施設)から神岡に向けて人工のニュートリノビームを発射し、それをスーパーカミオカンデで検知する実験を行っています。ここでは、検知したニュートリノがJ-PARCからのものであることを判別するために、GPSの時刻情報を利用していますが、その時刻情報が届く時間が以前より約40%短縮され、遅延時間のふらつきも小さくなりました。もしこれが大きく遅れると、その部分のデータが使えなくなってしまうので、遅延が短い方に安定してくれることが研究上とても大事なのです。また、L3VPNからL2VPNになったことで、運用管理面での負担も格段に減りました。あとは生活線としての効果でしょうか。スーパーカミオカンデ実験では頻繁に国内外の研究者とテレビ会議を行いますので、そうしたコミュニケーション/コラボレーションが円滑に行えるという面でもSINETの貢献は非常に大きいですね。

最後にSINETへの期待などがあれば伺えますか。

早戸氏: 現在大きな課題となっているのが、大容量化する観測データをどう効率的にシェアするかという点です。なにしろ毎日数百GB単位でデータが溜まっていきますので、現行システム用に用意した3PBのストレージも既に一杯。次期システムでは9PBの容量を確保する予定ですが、こうした大量のデータを研究者が有効に活用できる仕組みも必要です。大規模データ共有などの仕組みを立ち上げるにも大変な労力が掛かりますので、NIIの支援が得られればありがたいと思っています。

ありがとうございました。