成育医療

日本およびアジア地域における胎児医療の発展に、SINETによる国際遠隔医療を活用

千葉 敏雄氏
千葉 敏雄氏

独立行政法人 国立成育医療研究センターでは、日本およびアジア地域における胎児医療の発展に、SINETによる国際遠隔医療を活用しています。
その概要と成果について、国立成育医療研究センター 臨床研究センター副センター長 兼 医療機器開発室長 千葉 敏雄氏と、NTTアドバンストテクノロジ株式 会社 ネットワークソリューション事業本部 基盤NIビジネスユニット主任 小林 励氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施: 2010年11月5日)

まずは国立成育医療研究センターの概要について教えていただけますか。

千葉氏:わかりました。当センターは、国立がん研究センターや国立循環器病研究センターなどと同じく、日本のナショナルメディカルセンターの一つです。 名称の由来である「成育医療」とは、受精・妊娠に始まって、胎児期、新生児期、小児期、思春期を経て次世代を育成する成人期へと至るプロセスを一つのサイクルと捉え、包括的な医療を提供しようという概念です。 センターには病院機能と研究所機能の両方が備わっており、両者が一体となって先進医療の提供ならびに研究開発を推進しています。

千葉先生は臨床研究センター 副センター長と医療機器開発室 室長を併任されておられますが、それぞれの役割はどのようなものなのですか。

千葉氏:まず臨床研究センターについてですが、ここはひとことで言えばトランスレーショナルリサーチ、つまり研究と臨床の橋渡し役を担うセンターです。 研究業務はとかく専門分野への細分化が進みがちで、実際の臨床業務との乖離を招く場合があります。そこで、2010年4月の独立法人化を機に、研究・開発をより効果的に進めていくための組織として新たに設立されました。
センター内には様々な部門がありますが、私が担当する医療機器開発室では、主に胎児手術をターゲットとした新しい医療機器の開発に取り組んでいます。

胎児手術には普通の手術とは異なる機器が必要になるのですか。

千葉氏:大人の場合であれば、患者さんに手術台に横になってもらって手術をすることができます。 ところが胎児はお母さんの子宮の中で羊水に浮いていますので、とても同じように手術することはできません。しかも開腹手術では母体にも胎児にもかなりの負担が掛かりますから、内視鏡などを利用してできるだけ負担を減らしたい。 ところが胎児医療先進国のアメリカにおいても、こうした手術の際には一般向けの機器を改造して使用しているのが実情なのです。 もし胎児手術を前提に作られた専用の医療機器があれば、こうした現状を大きく変えることができます。そこで我々としても、研究開発を積極的に推進しているのです。
ちなみに、胎児手術向け機器の開発には、もう一つ大きな意義があります。 それは、この技術が大人の治療にも活かせるということです。 たとえば、一般的な内視鏡の直径は10mmですが、胎児手術向けの場合は3~5mmと非常に細い。これを他の手術に利用すれば、大人の患者さんも楽に手術が受けられますよね。 特に日本には、こうした精密機器の分野で世界をリードできるだけの高い技術がありますから、日本の医療機器産業の発展にも貢献できると考えています。

今年9月に神奈川県・湘南国際村で開催された国際胎児医療・外科学会(IFMSS 2010)では、ネットワークを利用した国際遠隔カンファレンスに取り組まれました。 その狙いについてお聞かせ頂けますか。

千葉氏:IFMSSはこれまで米国と欧州でしか開催されたことがありませんでしたが、欧米の理事から今度は日本で開催してはどうかというお話を頂きました。 そこで考えたのが、せっかく日本で開催するのなら、アジア諸国からの参加をもっと促したいということです。 IFMSSは約30年に及ぶ歴史があるにも関わらず、アジアからの参加者は未だに非常に少ない。その点、日本で開催される学会に参加してもらえれば、胎児医療をアジア地域に広めていくための大きな契機になります。
とはいえ、日本まで足を運ぶのは難しいという方々も多いので、目を付けたのがネットワークを利用した国際遠隔医療です。 ちょうど九大病院の清水 周次先生が、内視鏡分野におけるアジアとの国際遠隔医療を推進しておられましたので、ご協力をお願いしてカンファレンスの実施に踏み切りました。これならアジア各国の医療関係者も、自国に居ながらにして会議に参加できますからね。

具体的にはどのような形でカンファレンスを行われたのですか。

千葉氏:会場となった湘南国際村センターと、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム、フィリピン、中国の6カ国をネットワークで結び、各国からの発表とディスカッションを実施しました。 最初はうまくいくか不安もあったのですが、結果的にはまったく問題なかったですね。各国からの映像や音声もクリアで、スムーズに進行することができました。
ディスカッションでは、会場内に居ない参加者同士、たとえば香港とフィリピンの参加者が議論するといった場面もありましたが、こうしたことができるのも国際遠隔医療ならではでしょう。 今回のような試みはIFMSSとしても初めてだったので、欧米からの参加者にとっても非常に新鮮に映ったようです。

回線にはSINETのL1オンデマンドサービスを利用されていますね。

小林氏:今回のカンファレンスでは、湘南国際村とテレビ会議システムが設置されている九州大学 情報基盤研究開発センターとを結ぶ必要がありました。 そこでまず考えたのが、この間の回線にはSINETを使うしかないだろうということです。これだけの距離を結ぶとなると、民間キャリアのサービスでは大変な費用が掛かってしまいますからね。
もっとも、湘南国際村にSINETのノードがあるわけではないので、東京まではNTTコミュニケーションズの専用線でつなぎ、そこからSINETを経て九大へ接続。さらに九大から各国へは、SINET、APAN経由で接続するという形を採用しました。
また、もう一つポイントとなったのが、SINETのL1オンデマンドサービスです。 今回のカンファレンスではDVTSを利用した動画配信を行いますので、帯域と品質の確保が非常に重要になります。その点、L1オンデマンドサービスを利用すれば、他のトラフィックに影響されることなく必要な品質・帯域を確保できます。
実際の作業では多少トラブルもありましたが、九大 情報基盤研究センターの岡村 耕二先生のご協力のおかげで無事解決することができました。 今回のような遠隔カンファレンスの需要は今後も国内外を問わず高まっていくことと思いますが、そこではSINETのような学術ネットワークの存在が非常に重要であると感じましたね。

最後にIFMSS 2010の成果、ならびに今後の展望について伺えますか。

千葉氏:アジア全体に胎児医療を拡げていくきっかけになったという意味で、非常に大きな意義があったと考えています。 IFMSS 2010の終了後、今回参加してくれた6カ国の方々に、また同じような形で遠隔医療を行わないかとメールを送ってみたのですが、全員から是非参加したいとの返事を頂きました。清水先生の学会とも連携して、アジア地域における胎児医療学会を毎年開催したいと考えています。
また、今後のもう一つのテーマとして注目しているのが、動画映像のスーパーハイビジョン化です。 実はIFMSS2010でも、NHKによるスーパーハイビジョンの展示を行ったのですが、この技術は遠隔診断、遠隔治療を発展させていく上で重要なカギとなります。 もちろん、そうなるとデータ容量の大容量化もさらに進むことになりますので、SINETの進化と発展にも大いに期待しています。

ありがとうございました。