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学術ネットワークを活用した国際遠隔医療の推進

清水 周次氏
清水 周次氏

九州大学病院 アジア遠隔医療開発センターでは、学術ネットワークを活用した国際遠隔医療を推進しています。
その成果とSINETの役割について、九州大学病院 光学医療診療部准教授 清水 周次氏と、九州大学 情報基盤研究開発センター准教授 岡村 耕二氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施: 2010年10月25日)

清水先生が所属するアジア遠隔医療開発センター(Telemedicine Development Center of Asia。以下、TEMDEC)では、国際的な遠隔医療を推進しておられますが、そのきっかけは何だったのでしょう。

清水氏: そもそものきっかけは2002年ですね。この年はサッカー日韓W杯の年として記憶されていますが、実はもう一つ大きな出来事がありました。釜山・福岡間に海底光ファイバーが敷設され、高速なインターネット回線が開通したのです。 これを利用した国際交流を加速するために、九大では、日韓両国の産官学と協同で「玄海プロジェクト」という共同体を組織。我々が関わっている医療分野でも「AQUA(Asia-Kyushu Advanced Medical Network)」というプロジェクトを立ち上げ、国際遠隔医療の取り組みをスタートさせました。
当時のAUQAは有志の集まりという側面も強かったのですが、その後2008年に公式な活動組織として現在のセンターを設置。これに伴って、名称もTEMDECに変更しました。

国際遠隔医療の必要性、重要性について教えて頂けますか。

清水氏: 一口に遠隔医療といってもいろいろな分野がありますが、我々が主に手がけているのは医師への教育です。 私が所属する光学医療診療部は内視鏡が専門ですが、内視鏡の世界はこの10~20年の間に飛躍的な進歩を遂げました。 当然、医師の間にも、最新の内視鏡手術を学びたいというニーズが強いんですね。ところが、先進医療を行っている病院へ直接見学に行くとなると、時間も掛かりますし費用も嵩みます。特に我々の活動はアジア地域がターゲットですから、中国や韓国の医師に日本まで来て頂くのも大変です。
そこで目を付けたのが、高速ネットワークと動画配信による国際遠隔医療です。これを利用すれば、わざわざ現地まで足を運ばなくとも手術の様子を見られます。 しかも、実際に手術室内で見学できる人数には限りがありますが、遠隔医療であれば何人でも同時に見学できます。このように、最先端の内視鏡手術を広く普及させて行く上で、遠隔医療は非常に大きな効果が見込めるのです。

遠隔医療を行う上で、内視鏡分野ならではの要件などはあるのでしょうか。

清水氏: ネットワークの品質や高速性に対する要求はかなり高いですね。 たとえば、アメリカでは、CTやMRIの画像をインドに送って現地の医師に読影させ、翌朝その結果を戻すといった医療サービスも実用化されています。ただし、この場合は静止画なので、比較的データ容量も小さくリアルタイム性も要求されません。
しかし、我々の取り組みでは手術中のナマの映像をそのまま流す上に、画質のクオリティも高くないといけない。薄い膜や細い血管などがちゃんとクリアに見えないと、外科医が見ても参考にならないんですね。 そこで動画配信にDVTSの技術を用い、高画質な動画データを非圧縮のまま流しています。またネットワークについても、SINETのサービスを利用して、必要な品質・帯域を確保しています。

技術面で課題になった点などはありましたか。

岡村 耕二氏
岡村 耕二氏

岡村氏: DVTSのデータレートは30Mbpsにも上りますが、幹線部分についてはSINETを利用しているため、さほど問題になる点はありません。 しかし、接続対象となる大学や病院内のネットワーク環境が必ずしも整っておらず、苦労するケースもありました。
たとえば、幹線部分では1Gbpsの帯域が確保されているにも関わらず、大学や病院内のネットワークが10Mbpsだったり、スイッチの性能が低かったり、通信設定が半二重になっていたりといった具合ですね。 これでもメールやWebには普通に使えてしまうので、相手方でも特に問題視されてこなかったのです。とはいえ、このままではエンドツーエンドで30Mbpsを通すというわけにはいきませんから、実験開始から最初の半年くらいは、こうした機器の入れ替えやネットワークのチューニングなどに力を注ぎました。

現在はどれくらいの頻度で遠隔医療を実施されているのですか。

清水氏: 用途としては、実際の手術のライブデモンストレーションとカンファレンスの2種類がありますが、両方合わせて年間40~50回くらいでしょうか。比率としてはカンファレンスの方が多いですが、ライブ手術も月一回程度は行われています。
ちなみに、前者の例では、2008年に香港で行われた世界内視鏡学会公認のワークショップに、九大病院で行われた手術のライブ映像を配信しました。 また定期的に行われている早期胃ガンのテレカンファレンスでは、九大病院で資料や内視鏡画像などを表示させ、タイ、ベトナム、中国から質問を受けるといったことも行っています。ディスカッションを行う際には、こうした多地点接続を行った方が活性化しますね。
現在は26カ国・126機関と連携し、ライブ手術やカンファレンスを実施しています。

このシステムを医学生向けに活用することもあるのですか。

清水氏: ええ、ありますよ。毎年、2年生を対象に、医学の面白さを伝えるための授業を行っていますが、この国際遠隔医療システムを利用して実際の手術を見学させています。 具体的には、韓国の医師が行う手術の様子をライブで見せるのですが、手術後には、担当医や現地にいる韓国の医学生と英語で質疑応答などもしてもらいます。
ここで伝えたいことは3つありますね。一つは内視鏡手術という新しい医療技術について、二つ目は遠隔医療が既にここまで実用化されているということ、そして三つ目は英語も大事だぞということです(笑)。この授業は学生の関心も高く、非常に熱心に参加してくれます。

映像配信を多国間で行うとなると、遅延などが問題になりそうですが。

岡村氏: 九州と中国・韓国は、地理的にそれほど離れていませんので、遅延が問題になるケースはあまりないですね。ネットワーク的な距離も短いので、タイムラグもほとんどありません。
ただし、それ以外の運用面については、ノウハウが必要な部分もあります。たとえば、2010年に実施された国際胎児医学・外科学会で遠隔国際会議を実施したのですが、SINETのL1オンデマンドサービスで100Mbpsの帯域を確保したにも関わらず、テスト時に映像がうまく動かない。普通に考えればDVTSは30Mbpsだから十分なように思えますが、ピークで見ると100Mbpsを超える場合があるんですね。そこで、急遽帯域を1Gbpsに変更してもらい事なきを得ました。 L1オンデマンドサービスは、こうした帯域変更も柔軟に行えるのでありがたかったです。

今後はどのような形で遠隔医療を発展させていかれますか。

清水氏: まず医師への教育については、現在のアジア地域だけでなく、北米・中南米やヨーロッパ、アフリカなどへも拡げていきたい。内視鏡手術に対するニーズは世界的なものなので、この活動をよりグローバルに展開できれば。
それともうひとつ重要な取り組みが、患者さんに対する遠隔診断への応用です。これまで懸案になっていた法制度的な問題についても解決の見通しが立っているので、今後5年間くらいかけて着実に進めていきたいと思っています。我々としても、こうした活動を通じて医療の発展に貢献できれば嬉しいですね。

ありがとうございました。