SINET3のフルルート提供サービスを利用した広域負荷分散実験

北部九州地域を中心に先端ネットワーク技術の研究を行っている九州ギガポッププロジェクト(QGPOP)では、SINET3のフルルート提供サービ スを利用した広域負荷分散実験を実施しました。
その概要と成果について、お話を伺いました。

岡村 耕二氏
岡村 耕二氏
北部九州地域を中心に先端ネットワーク技術の研究を行っている九州ギガポッププロジェクト(QGPOP)では、SINET3のフルルート提供サービスを利用した広域負荷分散実験を実施しました。
その概要と成果について、九州大学 情報基盤研究開発センター准教授 岡村 耕二氏と、九州産業大学 情報科学部 情報科学科教授 下川 俊彦氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施: 2010年10月25日)

まずはQGPOPの概要について教えて頂けますか。

岡村氏: わかりました。QGPOPは、九州地域の各大学や研究機関が協調してアクセス回線を準備し、高速研究開発型バックボーンへ接続する際の相互接続アーキテクチャに関する研究開発を行うプロジェクトとして、1999年頃に設立されました。 現在も北部九州を中心に、さまざまな大学や企業が参加しています。
具体的な活動内容としては、学会のような形で研究発表を行ったり、複数の大学・機関と連携して実験を行ったりしています。 私自身は九大の情報基盤研究開発センターに所属していますが、QGPOPの基幹スイッチなども九大センターに設置して運用を行っています。

下川氏: 私の研究室では、次世代インターネット基盤技術を研究テーマとして掲げており、ネットワークやWebアプリケーション、セキュリティ、広域負荷分散、仮想計算機などの研究開発を行っています。 こうした活動を行う上では、さまざまな組織・プロジェクトとの共同研究が大きな意義を持ちますので、QGPOPにも積極的に参加させてもらっています。

今回の広域負荷分散実験に取り組まれた背景について伺えますか。

下川 俊彦氏
下川 俊彦氏

下川氏: QGPOPでは、以前からサイバー関西プロジェクト(以下、CKP)とも交流があり、一緒に何かできないかという話をしていました。 その案の一つとして挙がってきたのが、CKPと朝日放送が共同で行っている夏の全国高校野球大会のオンライン中継です。そのコンテンツの一つである静止画像の連続配信サービスを利用して、広域負荷分散の実験をやってみないかという話になったのです。 もともと下川研でも、DNS Anycastを利用した広域負荷分散の実験などを行っていたので、非常に面白そうな題材だと感じました。

今回は経路情報を利用した広域負荷分散を実施されていますね。

岡村氏: そうですね。もちろんDNSでという方法もあるわけですが、今回は新しいチャレンジとして、ルーティングでの広域負荷分散に取り組んでみようと考えました。 その方法としては、まず関西に設置されている本番サーバと九大に設置したミラーサーバに同じIPアドレスを振り、それぞれから経路情報を流します。原理上、遠くから来た経路情報は負けてしまうので、九大に近いアクセスは九大に来るはずです。
さらに、ここで目を付けたのがSINETのフルルート提供サービスです。これを利用して九大からSINETへ経路情報を流せば、SINET加入機関のアクセスだけを九大のミラーサーバに集められると考えました。

実験にあたって課題になった点などはありましたか。

岡村氏: この実験のポイントは、我々が流す経路情報をSINETから出さないという点です。もし外に出てしまうと、SINET加入機関以外のユーザーが、それを拾ってこちら側に来る可能性がありますから。
ただし、一つ誤算だったのが、SINETが我々の予想以上にたくさんのピアを持っていたことです(笑)。 SINETは外部との経路交換プロトコルにBGPを使っていますが、最初は一ヶ所か二ヶ所くらいでフィルタを掛けてもらえば済むと思っていたのです。 ところが、いざテストを始めてみると、日本の商用ISPはもとよりアメリカからもアクセスが来る。これは別にアメリカの方が見ているわけでなく、その方がネットワーク的に近いと判断した日本のアクセスが、アメリカを往復して来るんですね。 ミラーサーバは本番サーバほど高スペックではありませんから、もし大量アクセスが集中して配信に不具合があると、配信元の朝日放送にも迷惑を掛けてしまいます。そこで、NIIにも協力してもらって、経路情報の漏れを一つずつ潰し込んで行きました。

本番の実験はどのように実施されたのですか。

下川氏: 2009年の8月11日、13日、14日の3日間にわたり、それぞれ3試合を対象にミラーサーバからの静止画配信を行いました。試合開始の少し前からSINETに対して経路広告を開始し、試合が終了したら止めるという形ですね。
実際に実験を行ってみると、DNS Anycastで広域負荷分散を行ったときとはかなり異なる傾向が見られました。 DNSによる制御では、いろいろな場所のDNSサーバに情報が残ってしまうため、実験を終えた後もすぐにはアクセスが止まりません。ところがルーティングによる制御だと、経路広告を始めると一斉にアクセスが始まり、経路広告を止めるとアクセスもスパッと止まる。 実験前から予想はできていたのですが、これが実際にデータとして確認できたのは面白かったですね。

岡村氏: もう一つ興味深かったのは、コンテンツの地域性が確認できた点です。 下川先生も「高校野球のようなコンテンツでは、一般的なコンテンツと異なる地域性があるはず」と考えられていたのですが、今まではそれを実証する手だてがなかなかありませんでした。 しかし、今回の実験結果を分析してみると、甲信越地方の高校が試合をしている時には、やはり甲信越地方のSINET加入機関からのアクセスが多いのです。当たり前といえば当たり前ですが、こうしたことをきちんと裏付けるデータが得られたのは良かったと考えています。

今回利用されたフルルート提供サービスについてはいかがですか。

岡村氏: 個人的な意見としては、少なくともそれなりの規模の大学の情報基盤センターであれば、フルルート提供サービスは利用した方が良いと思いますね。 そもそも経路制御の研究を自分たちでやっていないと、今回のような実験も行うことができません。その点、大学側がフルルートを利用してBGPのオペレーションなりをやっていれば、こうした分野に学生が興味を持った時にも支援することができます。 ネットワーク技術の蓄積という意味でも、積極的に利用すべきではないでしょうか。

下川研では学生への教育効果も大きかったのではないですか。

下川氏: そうですね。今回の実験には、様々な企業や大学、研究機関の方々が参加していますので、学生にとっても同じ場に加われることは貴重な経験になります。参加したメンバーからも、「研究室で学んだ知識や技術を活かせて良かった」との感想が聞かれました。 こうした取り組みは研究室の活性化にも役立ちますので、今後も積極的に参加していきたいと思っています。

最後に今後の研究についての意気込みを伺えますか。

岡村氏: 今ではインターネットも身近な存在になり、その仕組みを知らなくとも気軽に利用できるようになりました。学生の研究テーマを見ていても、Webを利用した新サービスなど、より上位のレイヤーへ関心が移っています。 しかし、パケットがルータを経由してどのように送られていくのか、ヨーロッパに行く時は北米廻りなのか、それとも東南アジア廻りなのか、そういうことが分かってくると、もっとインターネットが面白くなると思うんですね。 我々としては、学生がそうしたことに興味を持てるような環境を今後も創り上げていきたいと思います。

ありがとうございました。