バックアップ図

国立大学病院における医療情報遠隔バックアップシステムの構築

田中 勝弥氏
田中 勝弥氏

東京大学 医学部附属病院を含む全国42国立大学・46大学病院では、SINETのL2VPNサービスを利用した遠隔バックアップシステムを構築し、医療情報システム/データの保全に役立てています。
その狙いと概要について、東京大学 医学部附属病院 企画情報運営部 講師 田中 勝弥氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施:2015年3月17日)

近年では医療分野でもICTの果たす役割が大きくなっていますが、東京大学 医学部附属病院 企画情報運営部ではどのような取り組みを行われていますか。

田中氏:当部門は1975年に発足した情報処理部を母体としており、病院内情報基盤の構築・運用を手がけています。
ここ20年間は、電子カルテシステムやオーダーリングシステムなど、主な業務システムを独自に開発・運用してきており、院内業務の効率化や医療情報学の発展に貢献してきました。

大学病院の医療情報システムには、企業のICTインフラなどとは異なる要件も少なくありません。たとえば、ユーザーニーズへの対応や効率性の追求はもちろん大事なテーマですが、その一方で安全性やセキュリティ/コンプライアンスなどへの目配りも重要なポイントになってきます。
そこで新機能の追加などを行う際には、必ず当部門で一度レビューした上でリリースの判断を行っています。
また、24時間・365日ノンストップで動き続けることが求められるだけに、仮想化技術なども活用してダウンタイムの極小化を図っています。

今回、全国の国立大学病院が参加する遠隔バックアップシステムを構築されました。
これにはどのような背景があったのでしょう。

田中氏:3.11の東日本大震災では、被災地の医療機関も地震や津波で大きな被害を受けました。患者様の重要な医療記録が流出・水没したり、病院の医療情報システムが損壊・流失してしまったケースも少なくありません。
一度こうしたことがおきてしまうと、その後の診療にも重大な支障が生じてしまいます。そこで文科省では、平成24年度の補正予算として「国立大学病院間における医療情報システムデータのバックアップ体制の構築事業」の実施を決定しました。
もちろん、各大学病院でも、それぞれにデータバックアップの仕組みを構築しているわけですが、中には施設内でバックアップデータを保管している場合もあります。これだと施設そのものが被災した際に対応ができませんので、全国の全国立大学病院が全て遠隔地にデータを保全できるよう、新たなバックアップシステムの構築を進めてきたのです。

バックアップ対象となるシステム/データにはどのようなものがありますか。

田中氏:まず一つ目は、患者様の主要診療データとレセプトデータです。前者には氏名や性別、年齢などの基本情報に加えて、入退院/外来受診歴、アレルギー情報、病名情報、処方・注射オーダー情報、検体検査結果などの情報が含まれています。
万一大規模災害が発生した場合には、被災者の受け入れを行う医療施設や避難所などからこうした過去診療データをインターネット経由で参照し、被災地周辺での診療に役立てるわけです。

ただし、ここには一つ注意すべき点があります。実は、今回出力する診療データだけでは、この薬が処方された、こういう注射の指示があったということは分かっても、バックアップデータとして出力されない手術や処置といった医療行為については確認ができません。
そこで、レセプトの情報も併せて保管することで、バックアップデータとして包含する医療行為の範囲を補完しています。

また、もう一つは、各大学病院が保有する医療情報システム固有のデータベースです。各病院では様々なベンダーの医療情報システムを導入していますが、これらのシステムデータベース全体とアプリケーションを一括でフルバックアップしておき、被災後のシステム/データベース復旧に利用します。

診療データのバックアップには「SS-MIX2」という形式が採用されていますね。

田中氏:先にも触れた通り各大学病院のシステムベンダーはそれぞれ異なりますが、今回のような全大学病院共同の取り組みでは、データ形式が標準化されていることが重要になります。
その点、SS-MIX(Standardized Structure Medical Information Exchange:厚労省電子的診療情報交換推進事業)では、既存のICTインフラから診療情報を国際標準形式で出力する仕様が定められており、国内主要ベンダーの医療情報システムもこれに対応しています。
そこで今回の取り組みでは、SS-MIXのVer.2であるSS-MIX2を採用しました。この形式に則ってデータを出力してもらえば、どのベンダーのシステムの情報でも同じように参照できますし、大学病院ごとに個別にビューワを作りこんだりする必要もなくなります。

具体的にはどのような形でバックアップ運用を行っているのですか。

田中氏:まず主要診療データについては、東日本・西日本2ヶ所のデータセンタへの遠隔バックアップを行うと同時に、病院内でも3台以上のノートPCに常時複製を行います。
また、データベースなどのフルバックアップデータについては、自施設から見て遠い方にあるデータセンタへの遠隔バックアップを行います。東日本の大学病院なら西日本のデータセンタ、西日本の大学病院なら東日本のデータセンタといった具合ですね。

万一の災害対応の際には、病院側管理者がインターネットを利用して本バックアッププロジェクト(THE GEMINI PROJECT)の管理ページにVPNアクセスし、自病院のデータをマウントして診療データの参照サイトをアクティベートします。
診療データの参照には、特別なクライアントモジュールなどは不要ですので、PCはもちろんスマートフォンやタブレットから情報を利用することも可能です。個人情報を扱うシステムですので、アクセス制御のための仕組みが重要になります。

データセンタへのバックアップにはSINETのL2VPNサービスを採用されています。
その理由についても伺えますか。

田中氏:今回の取り組みで課題となったのが、大容量の医療データを日次で遠隔バックアップしなければならないという点でした。
たとえば当病院で言えば、SS-MIX2形式の差分データで10~15GB、フルバックアップについては約2.6TBものデータを毎日バックアップしなくてはなりません。これほどの大容量データを24時間以内に確実に転送できるだけの帯域を持ち、かつ全国どの大学病院でも比較的容易に利用できるネットワークとなると、SINET以外には考えられなかったのです。それに、民間事業者のサービスで今回のようなネットワークを構築するとなると、費用的な負担も相当重くなってしまいますからね。そうした面でも、SINETのL2VPNサービスが利用できたのは非常に助かりました。

最後に今後の展望についても伺えますか。

田中氏:最小限のバックアップシステムと運用体制について今回のシステムで実現されました。
将来的には、患者同意の取得、プライバシー保護などの要件をクリアした上で、データセンタに集積された医療データをビッグデータ解析に用いるなどの新たな展開が生まれてくる可能性もあります。そうした際には、またNIIやSINETの協力が必要になる場面も出てくるでしょうから、今回同様の支援を引き続き提供してもらえればと思います。

ありがとうございました。