レーザー電子光を用いてハドロンの性質を研究するLEPS実験

中野 貴志氏
中野 貴志氏

大阪大学 核物理研究センター(RCNP:ResearchCenter forNuclearPhysics) 核物理実験研究部門では、レーザー電子光を用いてハドロンの性質を研究するLEPS(LaserElectoronPhoton beamline atSPring-8)実験を推進しています。
その概要とSINETが果たす役割について、大阪大学 核物理研究センター教授 中野 貴志氏と、同助教 堀田 智明氏にお話を伺いました。
(インタビュー実施: 2010年4月23日)

まずはRCNPの概要と核物理実験研究部門の研究内容について教えて下さい。

中野氏: RCNPは大阪大学のキャンパス内に設置されていますが、全国で唯一の原子核物理の共同利用研究機関でもあり、国内外の原子核物理研究者に対して門戸を開いています。このため阪大だけでなく、様々な大学・機関の核物理研究者が一緒になって共同利用や共同研究を行っています。センター内には我々が所属する核物理実験研究部門のほか、核物理理論研究部門、加速器研究部門、宇宙核物理学寄附研究部門などの研究部門が置かれています。一口に原子核物理と言っても、その研究対象は非常に幅広いのですが、我々のグループではハドロン物理、つまり陽子や中性子の中に存在するクォークのふるまいを調べる実験研究を行っています。

実験には「レーザー電子光」を用いるとのことですが、これはどのようなものなのですか。

中野氏: クォークのような小さな粒子を調べるには、極めて波長の短い光が必要になります。光の波長とエネルギーは反比例の関係にありますので、波長を短くするためにはエネルギーを高めなくてはなりません。 ここで役立ってくれるのがレーザー電子光です。加速された電子にレーザー光を当てると、ものすごい勢いで光が跳ね返ってきます。ちょうど猛スピードで突進する鉄球にピンポン球をぶつけるようなもので、光のエネルギーを何億倍にも増幅できるのです。

当センターでは、こうした実験を行うためのレーザー電子光実験施設「LEPS」を、兵庫県・播磨科学公園都市にある大型放射光施設「SPring-8」内に置いています。 SPring-8の蓄積リングを周回する電子ビームは8GeVのエネルギーを持っており、波長350nmのレーザー光を当てると2.4GeVの強力な光子ビームが得られます。この光子ビームの波長は0.5フェムトメートルと陽子の大きさよりも小さいため、クォークのふるまいを調べることが可能になるのです。

実験はどのような形で進められるのですか。

中野氏: LEPSで作り出した光子ビームを陽子などの標的に当てると、極めて短時間の寿命しか持たない新しい粒子が生成されます。実験ではこの粒子を検出器で捕らえ、その性質やふるまいを調べます。 もっとも、実際にどのような粒子ができるかは、やってみないと分からない部分もあります(笑)。従って、そこで起きている現象を見逃さない、見落とさないということが非常に大事なのですね。
我々の実験研究においても、SPring-8での作業は一つのフェーズであり、その後に長い時間を掛けてデータを解析する作業が控えています。新しく参加した研究者が、独自の視点で過去データを解析し直す場合もありますので、いかに大量のデータを実験で取得し、蓄積していくかが重要なポイントになります。

LEPSを支えているシステム/ネットワーク環境についても伺いたいのですが。

堀田 智明氏
堀田 智明氏

堀田氏: SPring-8内には、検出器で収集したデータを記録、一次保存するための計算機とローカルストレージが置かれており、実際の解析作業は当センター内の解析用計算機と大型ストレージを利用して行います。 また、この間のデータ転送のインフラとして、SINET3のL3-VPNサービスを利用しています。
以前はSPring-8側の回線帯域が十分でなかったため、大容量データの転送に苦労する場面もありました。しかし、2005年度にSuper SINETノードが設置されてからは、こうした問題も解消できています。 現在、SPring-8では一日あたり200GBものデータが生成されていますが、約600Mbps程度の通信速度が確保できているおかげで、転送も非常にスムーズです。
また、以前はRCNPとSPring-8のネットワークを別々に運用していたのですが、VPNで一体運用できるようになったことで、それぞれの資源をシームレスに利用できるようになりました。 データへのアクセスはもちろん、こちらからSPring-8のプリンタに文書を出力するといったことも簡単に行えます。おかげで現場の研究者の利便性は格段に向上しましたね。

これまでの研究成果について教えて頂けますか。

中野氏: 最大の成果としては、クォークでできている粒子の中に、新しいタイプのものがあることを発見した点が挙げられます。 量子色力学において、クォークは三原色、または三補色の組み合わせで白色になった時に安定すると言われています。しかし、理論的には、4つ以上のクォークの組み合わせが禁止されているわけではありません。 たとえば色+補色、色+補色の4色でも白色になりますし、三原色と色+補色の5色でも白色になります。
今までこうした4色以上の組み合わせは実際には見つかっていなかったのですが、LEPS実験によって5個のクォークで構成されていると考えられる粒子「ペンタクォーク」が発見されました。従来は理論でしかなかったものの存在を、世界で初めて捉えたというのは、非常に意義のあることと言えます。 もっとも、現時点ではまだ完全に確立したとまでは言えませんので、さらなる研究を進めているところです。

「LEPS2」に向けた取り組みも進められているそうですが。

中野氏: 今お話したペンタクォークをはじめとして、LEPS実験ではいろいろな新しい発見がありました。そこで、LEPSの十倍の強度を持つ強力なレーザービームを使用し、検出器もグレードアップして、より詳細なデータを収集しようと考えています。 これが現在取り組みを進めているLEPS2実験です。SPring-8には全部で62本のビームラインがありますが、LEPS2ではその内の4本だけしかない25mの長尺ビームラインを使用する予定です。

堀田氏: もっとも、LEPS2が本格的に稼働すると、出力されるデータの容量も今までとは桁違いのスケールになります。先にLEPSでは一日あたりのデータ量が200GBと述べましたが、LEPS2では一秒あたり300GBものデータを収集する予定です。 これをSPring-8から当センターへ転送するとなると、約3Gbpsの帯域が必要になりますので、ネットワーク環境もより強化しなくてはなりません。そういう意味では、今後のSINETの発展と支援にも大いに期待しています。

LEPS2が動き出す日が楽しみですね。最後に今後の抱負を伺えますか。

中野氏: ネットワークやIT技術の進歩によって、原子核物理の実験スタイルは大きく変わりました。ディスクや計算機などの資源が高価で貴重だった時代には、測定対象を上手に絞り込むことが実験家の腕とされていました。
しかし現在では、とにかく大量のデータを収集し、解析するスタイルに変わっています。我々もLEPSやLEPS2でできる限り詳細なデータを蓄積し、クォークの世界で何が起きているのかを見逃さないようにしたいと考えています。

ありがとうございました。